一本の木                         前原 薫   
夏の暑い日、ある老人の実家に遊びに行ったときのことだ。
彼は丘の上の一本の木が生えているところにわたしを連れて行ってくれた。道中、木がうっそうと生い茂り、地面はでこぼこであったが、颯爽と先を歩いて行く。八十歳になろうかというのに、大した体力である。
木のある場所に着くと、「ここにはよく来るんだよ。わたしのお気に入りの場所なんだ」と言い、リュックサックを下ろし、二人で座った。静かな時間が流れた。そこで彼の生き様がどんなだったかを聞いた。

彼は、長年学生のための下宿屋を経営していた。若い留学生たちを割安で滞在させ、家事はもちろん、祈りや聖書朗読を共にする生活を送っているという。自身を神に捧げた敬虔な人物であった。
老人は、今この木に座り寄りかかっているように、神を信頼し寄りかかって生きてきた。
老人とのこの出会いは、その後わたしがクリスチャンとして信仰を保つにあたり、大きな支えとなった。わたしもまたこの唯一の神に依り頼み、生きて行く道を選びたい。

木の一生                         槇 尚子   
淡路島に旅行した。花博があったころはあんなに賑やかだったのに、十年以上もたつとすっかり静かな町になっていた。旅の最後に選んだのは土地の銭湯である。
今はどの家も風呂があるが、地方によっては風呂屋がまだ頑張っている。温泉やスーパー銭湯とは違った味わいがある。広い湯船に柔らかい湯、壁には富士山の絵。娘は家には近代的な風呂があるが、旅行すると必ずその土地の銭湯に入るらしい。私もつき合いで何年かぶりで恐る恐る入ってみた。

そこでは珍しいことに木を燃やして湯を沸かしていた。店のそばに廃材を入れておく小屋があった。淡路島で育った木は何年にもわたって多くの人や生き物を育ててきた。やがて切りだされて材木となり人の家となった。多くの時間人々の暮らしを支え、見守った。役目を終えた材木は今度は廃材として風呂屋の小屋に集められ、湯を沸かすために用いられることとなった。
木が生まれてから燃やされるまで何年かかったことか。若木の時も立派な木の時も木材の時も、それぞれ見事だった。最後に銭湯で一生を終えた木はなんとつぶやいただろう。  
神様の時はみな、時にかなって美しい。

ケヤキの木の下で                    島本 耀子  
私が育ったS区は東京の農村地帯で、大きな樹々に囲まれた農家が多かった。ケヤキは夏に涼しい日陰を造り、冬に葉を落とした枝の先端は、どの木よりも高く天を仰いでいた。
戦後の農地改革とその後の宅地ブームで土地は細分化され、悪徳業者に騙されて没落する農家もあり、沢山の大木が切り倒された。現在、樹齢数百年のケヤキが保護の対象となり、「S区の樹」に指定されている。
実家近くの区指定のケヤキは、貸家や駐車場で囲まれ、高い石塀を巡らした隣家の角に、高々と聳え立っている。その邸宅が隣家だという意識はなかった程の土地の広さだが、兄が相続した実家を、有料ホーム入居のために売る手続きのときに初めて、私は気が付いた。

機を見るに敏な隣家は代々家を太らせ、今も姉妹二人が他人を入れずに守り続けている。そのため、隣接地の測量に立ち会う時、必ず承認代金を要求する。
 戦後七〇年のこの地の変遷を見れば、あと何年これが続くのか。青春を、短い一生を健気に捧げて来た姉妹を好きにするが良いと、ケヤキは今も見守っているようだ。
地に生きる命が千年超えようとも、高く仰ぐ天には及ばないのが哀れである。

自分の木                        三浦 喜代子    
自室に緑がほしくて小さな鉢を買ってきた。
シマトネリコと名がついていた。一〇センチほどで、割り箸ほどの白っぽい幹につやつやした葉がしなやかに伸びて愛らしかった。
意外なほど成長する。そこで玄関わきの花壇に地植えした。木は大空に向かってぐんぐん伸びていった。三か月ほどで一メートルくらいになった。『成長させるのは主である』を納得し、日ごとに愛着が増していった。
「この木を【自分の木】と呼ぼう」
木は梅雨の雨を受け夏の陽を浴びて、成長の勢いは止まらない。調べてみると一五メートルにも達するとあった。

ある日、地響きがした。飛び出してみれば、一台の軽自動車がまさに花壇に飛び込んでいた。
近所の老男性のちょっとした運転ミスだった。ご本人は怪我もなく苦笑していたが、さあ、花壇はめちゃめちゃ、【自分の木】も根元から折れてしまった。ご家族一同が平謝りに来て、早速、業者が遣わされ、真新しい花壇が出来た。が、私は一夜で枯れたとうごまの木を惜しむヨナの心境である。
もういちど【自分の木】を植えるか迷っている。
今となってはあの成長ぶりが懐かしい。

森林浴と教会                     佐藤 晶子       
林の中を歩くと爽やかな気持ちになってくる。木々が発するフィトンチッドが心身を活性化し、癒しの効果があるそうだ。森林浴という言葉を知ってからは、自然の中を散策するのが好きな私はさらに駆り立てられ、家族と共によく出かけていた頃があった。
そんな私が日曜日に教会の礼拝に行くようになり、ハイキングに行く機会は稀になった。しかし教会の雰囲気の中に、森林浴に似たような効果があるのを感じ始めた。

『初めに、神は天地を創造された』(創世記一章1節)と聖書は冒頭で述べている。自然の秩序が神によって整えられた後に人間が置かれたのだ。
また、讃美歌の「輝く日を仰ぐとき」を口ずさみながら日々を過ごしていると、私達が関わる様々な事の中に神がおられ、守り導いてくださっていることが感じられ、礼拝に集いたいという思いが増してくる。
森の中の木々が私達を癒す香りを放つように、私も教会にあってキリストの香りを放つ者でありたいと願う。
神様に導かれ生命を贖ってくださったイエス様に感謝と喜びを、力いっぱいの賛美で天に届けたいと思っている。

命の木にあずかる                   長谷川 和子  
朝靄の中を散歩に出た。
早朝の冷気は風呂上がりの火照った体をほどよく包んでくれる。一面に広がる芝生と苔の緑、頭上からの鳥のさえずりに癒される。
まっすぐに伸びた落葉松や白樺の木々はどこまで聳えているのか。見上げると天辺が見えない。 もっと見ようと後ずさりしたら、ひっくり返りそうになった。
宿泊施設の他に美術館や喫茶店が点在する中軽井沢南ケ丘倶楽部で、埼玉地区二一の教会の教師、信徒の修養会が八月初旬、二泊三日で行われた。

「主にある交わりを深めよう」の主題で聖学院大学窪寺俊之師が講演された。カウンセラーとして淀川キリスト教病院で患者と接した経験から「信仰の原点に立ち返って」をテーマにした系統的な講話であった。
二年毎に開催されるこの会で、今回は奉仕がなかったのでゆっくり学ぶことができ、充実したひと時であった。
真夏の暑さもここの空気は爽やかで十分英気を養うことができた。
『命の木にあずかる特権を与えられ……』との黙示録二二章14節のみことばを体験した思いであった。

親子の木                        長山 知子   
結婚したのは二〇〇五年十一月三日、三八歳の時だった。夫と出会ったのは日本基督教団が主催した見合いパーティー。その年の四月二九日、私学会館アルカディアで行われた。
自己紹介が終わった後の自由時間の時、彼は私のところにきて、短い時間に、生い立ちから学校、職場のことを早口でしゃべった。その後私は七、八人の男性と話をした。

会が終わった夜、係りの女性から、長山さんから交際の申し込みがあったがどうですかと電話をいただいた。お受けして、お付き合いすることにした。彼に訊きたかったのは「あの時、一番に私のところに来たのはなぜですか」であった。彼は「市ヶ谷の駅で見かけて、この人もパーティーに行くのかと思ったら、居たので」と答えた。
私は、神様が二人を天の上から結び付けてくださったのだと信じた。結婚を決めた。
幼なじみから結婚のお祝いに木製のオリーブの飾り物をいただいた。北海道川上郡美瑛町の工房の作品である。美瑛町のシンボル、丘に立つ親子の木(かしわの木)であった。次の年、娘が生まれた。三人の親子の木になった。

平和と繁栄の木                    石垣 亮二   
いちじくの木は、イスラエルではたいへん重宝されている。生のままおいしく食べられ、また柔らかく乾燥したりして保存食としてもおいしい。さらに昔から薬物的な効果もあるとされている。
イスラエルでは、ぶどうの木やいちじくの木の下で憩うことは、「平和と繁栄」のしるしとされている。(ミカ書四・4)
「いちじくの木」と言えば、聖書にイエス様が「呪われた木」と言われたことを思い出す。何か悪い木のようであるが、実はそうではない。イエス様は、イスラエルの民が不信仰の様子を見てとても悲しまれ、ご自分の十字架へ向かう最後のエルサレム入りに、「木」を「民」になぞらえて「おまえの実は(不信仰を悔い改めるまで)もういつまでもならないように」とおっしゃったのだった。

イエス様は「いちじくの木」や「ぶどうの木」をとおして、私達に平和と繁栄、そして喜びと希望とを与えて下さった。
そのことを忘れずに、自分自身の信仰と子供たち孫たちへの「信仰継承」、そしてイスラエルの民のために、祈りつつ残された人生を歩んで行きたい。

いきづかい                        西山 純子    
「どうしようか」と考えあぐねた時、私は庭を眺める。
この界隈では比較的、大きな丈の樹木が多い庭だ。
祖母が、父母が、兄や私が眺め育った庭だ。
夏は強い暑さを庇って、家を涼しくしてくれる。 
冬は強風や寒気を遮ってくれることもある。

深い緑、濃淡のある立ち木は私の気持を和やかにしてくれる。
深呼吸して無心になって見入っていると、心の中の塊がほぐれていくように感ずる。
こんもりと茂った楠木の中に小さな木洩れ日を見つけると、私は目を凝らして見つめてしまう。
そして、そこから「もう、解放されて良いのだよ」との安らぎに似た声を聴くようにおぼえる。
『神に従う人はなつめやしのように茂り
レバノンの杉のようにそびえます』 (詩編九二・13)
いつの頃からか、そこにひっそりと、神の柔らかな視線と先達の温かな、いきづかいが聞こえる
ようになった。

木々の間から                    安東 奈穂美
木を眺めるのが好きです。
お気に入りの木もあれば、あまり意識しない木もあります。それでも、私の思いとは関係なく、
木は存在しています。
日光を受けて、木立の木々の葉がきらめいている様子は、印象派の絵画を思わせます。
冬の夕暮れ時、群青から濃紺へと移り行く空に向かって伸びている枝は、くっきりと黒く、切
り絵のような印象を抱かせます。切なさと静かな感動がないまぜになったような気持ちが心の中
にひたひたと広がっていきます。

木から、人の心に訴えるものが発せられているのでしょうか。
時には、見守られているような感じを受け、またある時は慰められたり励まされたりして「そ
こにいてくれてありがとう」と、言いたくなる時もあるのです。
聖書には、神が天と地、動物や植物、そして人を創ったとあります。
木々の間からは、目には見えず、音声としては聞こえない、神からのメッセージが流れている
のかもしれません。
そして、人の心は、それに呼応するのかもしれません。

枯れたイチジクの木                  森田 勝之   
『聖書』には木について千か所以上の記述があるという。中でもイチジクの話は印象的である。
《ある朝、空腹を覚えられたイエスは、道の傍に一本のイチジクの木をみて近づかれた。しかし、イチジクには葉いがい実をつけていなかった。その木にむかって「今から後いつまでも、おまえには実がならないように」と言われたのです。すると、イチジクの木はすぐに枯れた》というものだ。
イチジクの実の季節ではなかったという記述もある。自然には草花の咲く季節も順序もあり、イエスの怒りは理不尽だと感じた。これが中学生の時の率直な感想だった。

ところが、後になって、聖地のバアクアーイチジクは、実が成った後に葉をつけることを知った。つまり、そのイチジクは実をつけるべき時につけず、葉だけを広げてしまったのだ。これでは順序が違っている。
私が物事を成す時、はたしてその順番は神様の御心にかなっているのだろうかと、ふと考える。
自分では良いつもりでも、実は順序を間違えているのかもしれないのだ。実をつけずに葉を広げたように、虚栄で「見かけ」だけにとらわれ、内面から生み出す「実」を忘れてしまっている。
そんなこともあるかもしれない。

森の中の出来事                     遠藤 幸治   
六十年近くも前の話である。教会の礼拝から帰る途中、原宿で下車し、神宮の森を散歩した。
誘われるように森に入った。
歩いていると大変なことが起こった。黒い人影が左側の土手裏から右の土手裏に走ったかと思うと、「助けて」という女性の悲鳴が聞こえた。何事かと走り寄って「こら、何をするんだ!」と自分でも信じられない大声で叫んだ。黒い人影はびっくりしたのか、逃げて行った。みれば、女の人は土手にねじ伏せられ、乱暴されるところだった。

聖書にある、傷ついて倒れた人を見ながら見ぬふりをして通り過ぎた人と、善きサマリア人のたとえ話(ルカ十章25~37節)を、あの時ほど強く感じたことはなかった。
女の人はよほど怖かったのだろう、体をぶるぶるとふるわせていた。恐怖のあまり「しばらくいっしょに歩いてください。今、体を洗ってくるので少し待っていてください」と言われた。
森の中を通り抜け、広場の草むらに腰を下ろし、教会のことを話したり週報を渡したりした。
彼女は涙を流しながら「助けてくれてありがとう」と言って立ち去った。 

拠り所                         篠田 一志   
「木」に関係が深い「根」と言う漢字を辞書で調べていたら、「根拠」という言葉が目に留まった。
「拠り所」を意味すると知った。
以前より「拠り所」という言葉に、論理的で理にかなったもの、つまり自分の中で理屈が通っているとのイメージを持っていたが、最近になってそれが大きく揺らいできた。
今、わたしには解決を急がなければならない大きな問題がある。それを解決することがわたしの願いであり、喜びに繋がることと信じている。その問題の解決こそが、わたしの平安の「拠り所」である。それを解決しない限り、わたしには喜びも、平安もない。

だが、問題の解決はおろか目途も立っていないのに、なぜかわたしの心は穏やかだ。無論、解決を諦めたわけではない。むしろ、必ず解決の時が来ると信じて、今も問題に向き合う心は持ち続けている。
なぜ理屈にない平安を疑いもなく受け入れることができるようになったのか。生きる「拠り所」が、わたしの理屈以外のものに置き換わっているからに他ならない。
この変化こそ、信仰の恵みだと確信している。

いのちの木へと至る道                  志田 雅美  
外国へ宣教旅行に行く人。悩める人々の相談にのる人。様々なイベントを企画する人。わたしの通う教会には伝道熱心な人が多い。みな、与えられた賜物を活かして、いきいきと奉仕されている。
わたしはというと、旅行をする体力はなし。相談にのる度量もなし。イベントを企画するアイデアもなし。ないないづくしで、なにもできない自分が情けなくなる。つい、お隣の人が羨ましくなってしまうこともしばしばである。

とはいえ、わたしにも賜物が与えられている。ペンを執って主の素晴らしさを証しすることである。
幸いなことに、なにを書こうかと悩むことはあまりない。主のみわざが現れるようにと、祈りつつ書く。わたしの道には困難が多いからである。
 『わたしの恵みはあなたに十分である』( Ⅱコリント十二・9)
その通りである。
苦しみも悲しみもすべて、いのちの木( 主イエス) へと至る道である。どの道も恵みと祝福に溢れている。いつの日か慰めの器として用いられるために、わたしはわたしの道をいこう。大いに涙を流しつつ、主に従っていこう。そのことを書き記していこう。

矢立の杉                       山本 披露武  
ハイキングクラブの仲間と葛飾北斎や二代目歌川広重の名画にある「矢立の杉」を見にいった時のことだった。
笹子駅で電車を降りて国道二十号線を歩き、旧甲州街道に出ると景色が一変して木漏れ日の道となり、一行五人は、爽やかに吹く風の中を笹子峠に向かって歩いた。
 「戦国時代に、必勝を祈願して一番矢を射たことから、そのように呼ばれるようになった」などと「矢立の杉」の由来を話しながら歩いて「明治天皇御野立所跡」に着いた時だった。
近くに大きな杉の木があるのを見て仲間の一人が、「ああ、これが有名な『矢立の杉』なんだ」といったものだから、みんなが一斉にカメラを向けてパチリ。

ところが、しばらく行って本物の「矢立の杉」に出会い、みんなは大笑い。
 その本物、樹齢千年超というだけあって、先端は折れて空洞になってはいても、根回り一四・八メートルの堂々たる名木である。
中に入ると空が見えるというので入ってみると、金色に輝く道の向こうに、天のみ国が見えるように思えて、思わず「神様!」と、叫びそうになった。今も、その時の感動は忘れないでいる。

日陰                           駒田 隆   
コスタリカ共和国という、軍隊を持たない中米の一小国に、「良い木に近づけば、良い日陰が得られる」という言葉が昔からあるそうですが、暑い時の日陰は人々をゆっくりと休ませ、生き返らせてくれます。そのためには、十分な日陰を提供するだけの木に成長していなければなりません。枝が四方に広がり、葉が多く茂って、人々がゆっくりと休めなければ、人々は、その木を眺めて通り過ぎて行くだけです。
信仰も聖書に書かれたことを話すだけでは、絵に描いた餅に過ぎません。どんなに感心して聞いてくれても、その場を離れてしまえば右から左に消えてしまいます。もしそこに信仰の日陰があれば、人は、そこで一休みしてイエスの愛を考えてくれることでしょう。

イエスは、いつも庶民の言葉でふだんの生活の中で愛を話し、実践され、イエスの日陰は多くの人々を休ませてくれました。
しかし、わたしという木には、人々を休ませるだけの日陰があるでしょうか。その日陰で人々が休んでくれるでしょうか。
わたしの信仰の日陰は、まだまだ葉の茂りが足らず、すき間だらけのような気がしてなりません。

三本の柿の木                      臼井 淳一 
我が家の畑の片隅に三本の柿の木がある。一本は四〇年ほど前に母が植えた富有柿の木だ。
もう一本は父が植えた次郎柿の木だ。毎年秋になるとどちらの木にも色鮮やかなおいしい実が鈴なりになる。
それを毎年東京に嫁いだ妹たちの家庭と千葉の娘の家族に送る。するといつも食べてから連絡が来る。返礼は決まって「おいしかった!」、「懐かしいものをありがとう!」である。今は亡き父母の面影や故郷の思い出などを重ね合わせて頬ばっているのだろう。

私の隣に従弟が住んでいる。高齢の実母キミさんと二人暮らしの家庭である。屋敷は急な土手の下にある。その土手に大きな渋柿の木がある。
先日ふと気がついて見ると、その木に甘味を充分醸成させた柿がたくさんぶらさがっているではないか! 私はすぐさまキミさんのもとに走り「あの柿でシャーベットを作って届けたいと思う」、「冷凍にしておけば好きな時に食べられるんじゃない」と切り出した。
キミさんが喜んで同意してくれたので、夕方には、自慢のシャーベットを十個ほど箱詰めにして届けることができた。柿が結んでくれる愛の絆を楽しみながら家に帰った。

良い実を結ぶため                    富岡 国広   
良い人とはどんな人のことを指すのだろうか。道徳的に立派な人とか、もの事の良し悪しを完全に弁えた人とするなら、私などは到底良い人の部類に入りそうもない。
心の中で粗暴さや欠点やマナーを守らない人にことさら非難を浴びせる。温和な人には親切だが、攻撃的な人には極めて冷酷になる。また横柄な相手には異常なくらい神経をいらだたせ、復讐心をつのらせる。更にある一時期、母親に対し嫌うというより憎んだものである。そうした点を挙げただけでも、元々粗悪な私が良い人の部類に入るはずがないし、悪い人の部類に入るのが妥当である。

私は三〇を過ぎてクリスチャンになったのだが、数十年経っても依然変わらぬ粗悪なままだった。「良い実を結ぶ悪い木はない。」と聖書にある。また、「神は良い実を結ぶために刈り込みをする」ともある。「良い実」とは愛、喜び、平安、寛容、自制等を言う。私自身はどんなに努力精進しても良い人にはなれないし、良い実を結ぶことができない。良い人になるには、私の為にも死んで復活されたお方を心から信じ、生かして頂く以外ないと知らされた。
このお方こそ神の御子、イエス・キリストである。

三本目の木                       土筆 文香   
「三本の木」の絵本を読んだ。大きくなったら何になりたいか、夢を持っていた木たち。 
一本目は飼い葉桶になり、赤ちゃんイエスさまを抱いた。二本目は船になり、嵐を鎮めるイエスの奇跡を目の当たりにした。世界でいちばん背の高い木になる夢を見ていた三本目の木は、切り倒され木材のままで何年もほうっておかれた。まるで世界中の人から見捨てられてしまったように、いつまでも横たわっていた。
何をしても自信がなく、どうせ自分なんか何の役にも立たないと思っていた。そんな自分を三本目の木と重ね合わせた。

長い時がたって、三本目の木は十字架の木になった。木は十字架につけられるお方に触れた。
鞭で打たれた傷だらけの背中が押し当てられた。釘が打ち込まれ、流された血は木にしみこんだ。
木は、その方の痛み、苦しみをいちばん近くで感じとった。
そののち、三本目の木をみるとき、人々は神様のことを考えるようになった。背の高い木にはならなかったが、神様を指し示す木になったのだ。
わたしも、三本目の木のように神様を指し示して歩む人生を送りたい。

生かされている               荒井 文   
「木の幹に聴診器を当てて聴くと、幹の中を水が流れる音がしますよ」と、樹木の医師が言いました。
私も聴かせてもらいました。人の体を血が流れているようでした。
この世のすべてを創られた神様の御業はみな同じだとわかりました、みんなこうして生かされているのだと思いました。
切株を見たとき、切株の横から若芽を抱いて力強く伸びている枝に気づきました。見ている私も強くなれる思いがしました。

ヨブ記一四章七節には、「木には望みがある。たとい切られても、また芽を出し、その若枝は絶えることがない」と、書かれています。
何百年、何千年と生かされている木を見ることがあります。日本を代表する木である桜は、年輪を増すほどに美しくなるそうです。
五〇年以上の桜は枝もないのに直接幹に花と葉をつけます。一本の太い幹にいくつもの花を咲かせて、幹だけでも美しく見ることができます。老いを飾る着物のようです。
同じ神様に創られた人間もそうありたいです。
          

ぶどうの木                       山本 悦子   
山梨に在住の友人から毎年、ひとふさ一キロ以上もある巨峰、マスカット、ピオーネが贈られてきます。デパートの果物屋でも見ることの出来ない立派なものです。
ぶどうの木は世界中で栽培されていると聞きます。イエス様はその身辺にあるぶどうの木を指してお話をすすめました。
『わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ』

牧会の大切さ困難さが身に沁みるこの頃、なかなか伝道が実らない時、それは地下に根を張っている時なのだと励まされます。やがて根を張っただけ実ることを信じ、手を休めてはならぬと言い聞かせます。
木が根にしっかりつながっていなければ、実を結ぶことが出来ません。人は自由に生きることを望み、その根から離れてしまいます。すると実を結ぶところか、枝まで枯れてしまうのです。
友人の家庭は祝福され、お子様お孫様に囲まれて生活されています。たわわに実ったぶどうの房を見ながら、このご家庭に信仰の継承が与えられ、実り多からんと祈ります。