創世記六章

創世記六章九節
ノアは正しい人であって、その時代にあっても全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。

 ノアは出生時に父親レメクが叫んだように、文字通り慰めの子であり、慰めの人信仰の人になり、神様の御目にもかなう人になりました。その証拠に、聖書は壮大なノアの物語を記すにあたり、開口一番、ノアは正しい人、全き人であったと紹介しています。ノアは神様ご自慢の人なのでした。

 ところで、正しい人、全き人とはどんな人なのでしょう。倫理道徳に優れた人、世の悪に染まらない清い人、だれからも好評を博し愛される人。寛容で親切で慈悲深く、第一コリント一三章を地で行き、御霊の実を結んでいる人といえるでしょう。何から何まで褒められることづくめが全き人、完全な人の定義かもしれません。

 しかし、もう一つ、みことばは『ノアは神とともに歩んだ』と語っています。この一言こそ、ノアが神様に最も高く評価されたことでした。正しい人、全き人とは神様とともに歩む人と同義語といえます。これはまた、神がノアとともにおられたとも言い替えられます。ノアと神は一体といえる親密な関係にあったのです。だからこそ、後年、神様は箱舟による救いのみわざに用いられたのです。

 後代、妬みがもとで兄たちにエジプトに売られたヨセフが、神に愛され、神がともいたことから、ヤコブの全家族を飢饉から救済した立役者に用いられた出来事を思い出します。 

2023年03月03日