創世記四五章

創世記四五章三節
ヨセフは兄弟たちに言った「私はヨセフです。父上はお元気ですか」兄弟たちはヨセフを前にして驚きのあまり、こたえることができなかった。

 ヨセフがどうして意地悪なたくらみをして兄たちを困らせたのか、その意味はよくわかりません。しかし仮にも復讐だなどと世俗的、短絡的には考えたくありません。 

ユダの命を懸けたとりなしを聞いて、ヨセフはもう黙ってはいられませんでした。思えば一回目のときから、ヨセフは名乗りたくてたまらなかったでしょう。一刻も早く父に自分の無事を知らせて安心させ、できれば会いたかったでしょう。しかしもうヨセフは一時の感傷に負けて前後を見失うほど未熟ではありませんでした。数々の辛酸の経験から状況を見る目や判断する力や知恵を備えていたと思われます。そして、今や時は熟したと判断したのでしょう。一番言いたかったことを涙ながらに切り出しました。

 私はヨセフです、私はヨセフです、私はヨセフですと。もうひとつ言いたかったのは、父という言葉でしょう。ヨセフは母ラケルの記憶はほとんどなかったでしょう。心から母と呼べる人はいなかったのです。複雑な家族関係の中で、安心できたのは父の胸ひとつのみ。兄たちの嫉妬と恨みを買った父の盲愛もヨセフには唯一の喜びだったでしょう。ヨセフは父を恋い慕い、再会を夢見ながらエジプトでの歳月を耐えたのではないでしょうか。このときの兄たちの驚きは聖書にあるとおり、ことばにも、そして声にもならなかったのです。

2023年04月09日