冬尽く(ふゆつく)   寄稿者 李想

朝の冷え込みはまだ残っているのに、日差しの角度が少し変わったことに気づきました。吐く息は白いままですが、どこか重たさが和らいでいるのです。季語「冬尽く」という言葉が、ふと心に浮かびました。長く続いた冬が、静かに終わりへ向かっている合図のようでした。

「尽く」という響きには、耐える時間が満たされ、役目を終える安堵があります。寒さに身をすくめながら歩いた日々、心まで縮こまっていた時もありました。それでも冬は、ただ厳しいだけではなく、立ち止まり、内側を見つめる時間を与えてくれていたのだと思います。

信仰の歩みも、冬のような時があります。祈りの言葉がすぐに実を結ばず、沈黙が長く感じられる時です。けれども、神はその沈黙の中でも働いておられるのかもしれません。土の下で芽が備えられるように、見えないところで整えが進んでいるのだと、今は思います。

冬が尽きるとき、春はまだ姿を見せていなくても、確かに近づいています。今日という一日も、主の時の中に置かれている。そのことに静かな希望を覚えました。急がず、比べず、与えられた季節を受け取りながら、やがて来る春を信じて歩みたいと思います。

2026年02月02日