アンリ・ナウエン『神の声を聞く』を読んで  寄稿者 歴想

祈ろうとしても、言葉が出てこない時があります。聖書を開いても心が伴わず、ただ頁をめくるだけの時間が続くこともありました。アンリ・ナウエンの『神の声を聞く』は、そんな沈黙のただ中にいるわたしに、静かに差し出された一冊でした。

本書においてナウエンは、神の声を「努力して聞き取るもの」としてではなく、沈黙と孤独の中で待ち続けるものとして語っています。何かを成し遂げる信仰ではなく、立ち止まり、何もできない自分のままで神の前に在ること。その姿勢が、全体を通して繰り返し示されていました。

読み進めるうちに、わたし自身が神の声を「早く、はっきりと」求めすぎていたことに気づかされました。祈りさえも成果のように求め、沈黙を不安として避けてきたのかもしれません。聞こえない時間を、信仰の欠如と決めつけていた自分がいたのです。

しかしナウエンの言葉は、沈黙のただ中にも、神が共におられることを示します。神の声を聞くとは、新しい答えを得ることではなく、共に在ることを信じ続けることなのかもしれません。今も沈黙は続いています。けれども、その沈黙の中を、祈りつつ歩んでいきたい——そう思わされています。

2026年02月24日