枝の先に、小さな粒のような膨らみを見つけました。葉も花もすっかり落ちた冬の木々の中で、その先端だけが命の印を残しています。何の飾りもない、ただの固い芽。それが「冬芽」と呼ばれるものだと知ったのは、数年前の寒い朝でした。
冬芽は、春に咲く葉や花を包み込んで守る殻のようなものだそうです。風に吹かれ、雪に覆われても、じっと黙って春を待っています。その外側の鱗片(りんぺん)は、寒さから柔らかな芽を守るための鎧のようなもの。表面は冷たくても、その内側では確かに命が息づいているのです。
わたしたちの歩みも、冬芽のような時期を持つのかもしれません。どんなに祈っても答えが見えず、ただ沈黙の中に置かれているような季節。それでも、その静けさの奥では、神が新しい芽を備えてくださっているのでしょう。芽が開くのは、時が満ちたときだけ。わたしたちには、信じて待つことが求められているのだと思います。
「見なさい。農夫は大地の貴重な実りを、初めの雨や後の雨が降るまで耐え忍んで待っています。」(ヤコブ5章7節)。冬芽のように、わたしたちも希望を包みながら、この冬を過ごしたいものです。春は、見えないところで、もう始まっているのです。