みかん   寄稿者 青梅

「みかん」は、かつて秋の季語でした。今では冬の炬燵に並ぶ果物として親しまれていますが、歳時記がこれを冬へ移したのは、昭和の初め以降だといわれています。季語の移ろいは、暮らしや味覚の変化を、静かに映しているようです。

季語が変わるということは、句歌の中で描かれるみかんの姿も変わった、ということでしょう。昔詠まれたみかんは、皮にまだ青みを残し、味もどこか「酸い」ものであったのかもしれません。そこには、素朴な季節感と、当時の生活の輪郭がにじんでいます。

やがて時を経て、人々はより甘いみかんを好むようになりました。私たちもまた、人生において甘さや安らぎを求め、厳しさを避けがちです。しかし聖書は、試練の中でこそ人は養われ、実を結ぶのだと語ります。実りは、必ずしも心地よい時だけに与えられるものではありません。

みかんが季節を越えながら実りを深めてきたように、わたしの歩みもまた、神の時の中で整えられていくのでしょう。好みや時代が移ろっても、主の導きは変わりません。その確かさを思い、今日も静かな感謝を覚えます。

2026年01月18日