乾いた風の向こうに   寄稿者 李想

冬の朝、乾いた北風が通り抜けると、街の音が不思議なほど澄んで聞こえてきました。足音や落葉の擦れる音、遠くを走る電車の響きまでが、はっきりと輪郭をもって届きます。景色だけでなく、耳に触れる世界までもが、切り替わったように感じられました。

湿り気を失った空気は、音を吸い込まず、そのまま運びます。冷たい風は軽く、鋭く、静けさをいっそう際立たせます。冬は、賑わいをそぎ落とし、聞くことへと私たちを導く季節なのかもしれません。

人生にも、心が乾くように感じられる時があります。温もりや余裕を失い、孤独を覚えることもあります。けれども、そうした時こそ、これまで聞き逃していた小さな声に気づく備えが、静かに整えられていくのではないでしょうか。

「すると、かすかな細い声があった。」(列王記上19章12節・新改訳)
強い風でも、大きな音でもなく、神は静けさの中におられました。乾いた北風の朝、わたしは耳を澄まします。目立たぬかたちで語られる御声を、聞き分ける者でありたいと願いながら。


2026年01月26日