奥歯でよくよく言葉を噛む 投稿者 希望の風(掲載日2006年10月)

遠出したわけではない、千客万来でもない。追い込みの仕事に苛められたのでもない。大したことはしていないのに、一日中、一階と二階を、まるでトレーニングでもするように何度となく上り下りして、今日も終わろうとしている。

孫たちも寝たのか家の中はしんと静まりかえっている。ようやくである。今日はMちゃんがハイであった。明日は幼稚園最後の運動会である。大いに興奮していたのだろう。

読み進めている一冊を開いてみた。物語ではないので早読みの私も、さすがに一気に飛ばすわけにはいかない。先日も少し引用した『感受性の領分』(長田弘 岩波書店)である。行きつ戻りつしている。詩人の文章だからか、選び抜かれた言葉が置かれるべき場所にきちっと収まっている。文章が見事すぎて、いや、内容が深いので理解に時間がかかる。咀嚼して、消化して、自分の体力にしたいと、そんな欲が出てくる。

こんな一文があった。
「何を書くかあらじめ知って、書いたことがない。じぶんが惹きつけられる何かがそこにあるとおもう。その何かを見つけるために自分自身がそれを知りたいために書く。書くというのは、自分の言葉をたずねることだとおもえる。いつだって書いてみるまで、書き終えるまで、何を書くか、訊かれてもこたえられない。何かをいいあらわしたい欲求がある。その何かをしりたいから、書く」

うーん。半分くらいわかるかな。私流であるが。
惹きつけられる何かを知りたいために書く、書くことは自分の言葉をたずねること。何度読み返しても、まだまだ半分くらい感じる程度。明確な私自身の言葉で説明するまでには至らない。

どなたか、おわかりになりますか。私はしばらく噛んでみます。

こんな一文もあった。
「口あたりのいい柔らかな優しいおいしい言葉を選んで、すべて好き嫌いにまかせるだけでは、言葉を噛む力、歯と顎の力は、信じられないほどおとろえる。… 奥歯でよくよく噛みしめなければ、言葉の持つ青酸の味はわからないのだ」

奥歯でよくよく噛みしめてみます。噛む力、歯と顎の力は確かにおとろえていますから。

2025年10月23日