詩篇第16篇
神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。
私は、主に申し上げました。
「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」
地にある聖徒たちには威厳があり、私の喜びはすべて、彼らの中にあります。
ほかの神へ走った者の痛みは増し加わりましょう。
私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、その名を口に唱えません。
主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。
あなたは、私の受ける分を、堅く保っていてくださいます。
測り綱は、私の好む所に落ちた。
まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。
私は助言を下さった主をほめたたえる。
まことに、夜になると、私の心が私に教える。
私はいつも、私の前に主を置いた。
主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。
それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる
私の身もまた安らかに住まおう。
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。
詩篇は150篇からなる。どれも皆夜空にきらめく星々のように美しく、いとしい。しかし強いて好きな10篇を上げよと言われたら、この第16篇を外すわけにはいかない。かの有名な23篇にもまさって、愛唱せずにはいられない。
《あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません》
100%心底からそう言いたい。神への愛の告白として。そのとき、心は震えるような甘美な喜びで満たされる。これこそキリスト教信仰の目指すところ、奥義中の奥義である。
《私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない》
人生の根っこさええぐり取られるような激しい風雪の中でも、このフレーズを口ずさむと、下腹に力が入って揺るぐことがなくなる。圧倒的な主の臨在の中で平安の潮が満ち満ちてくる。
《あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります》
キリスト誕生の聖書箇所のひとつを思い出す。
『見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついにおさな子のおられる所まで進んでいき、その上にとどまった。その星を見て彼らはこの上もなく喜んだ』マタイ2章9,10節