イエス・キリストの営業マン その4  投稿者 希望の風(掲載日2006年9月)

辞表と家の権利書は、私の人生そのもの、私の命ともいえるものだった。妻と家族にはいっさいの顛末を話し、責任を取る決意も伝えた。誰も反対しなかった。
負債額3×××万円。思えば50の齢(当時のH氏の年齢)まで眠る間も惜しんで、働き通して得たものがこの負の財産なのだ。職場も退職金も家族5人が暮らしてきた家も失い、なおこの後一生かけても払いきれない借財を抱えることになってしまった。これが私の人生の決算書か。しみじみと情けなかった。

退職の日までいつものように出社したが、もうセールス活動はできなかった。ところが事件は瞬く間に社内に知れ渡った。取引先など広範囲の人々の知るところともなった。「Hさんひとりが責任を取り、辞めるのはおかしい」とささやかれ、同情が高まっていった。それは多少私の心を慰めてくれたが、言訳がましいことはいっさすまいと心に決め、残務整理に向かった。

事件の直後、私はすぐ教会の牧師に連絡をした。祈ってもらいたかった。牧師は夏のキャンプ奉仕で出張。その夜は東京の懇意な教会へ一泊して現地へ向かう予定だった。私はその教会へ電話した。ちょうど祈祷会の夜であった。牧師は自分の教会員が大きなピンチに立たされている。ぜひ祈ってもらいたいと一部始終を話したそうである。居合わせた方々が熱心に祈りを捧げてくださった。

その中にS氏もおられた。S氏は私の話に非常な関心を示し、もっと詳しく話が聞きたいと言われた。後日、私は家内や牧師といっしょにS氏を訪問した。S氏はある企業のトップクラスの方であった。「社員が責任を取って家屋敷まで差し出すようなことはあってはならない。家の権利書だけは早く返してもらいなさい」そう言われた。外部の方にジックリと聞いていただいたおかげで、だいぶ気持が楽になり、落ちついてきた。

事件から半月経っていた。かつて私の頭上に輝いていたトップ営業マンの頂は、見上げても見上げても手の届かない空の上となった。真っ逆さまに墜落した奈落の底の暗さよ、冷たさよ。そこはまさに死の谷であった。
その日も虚ろな思いで出社した。社員たちがいっせいに外へ出払って、営業課のフロアーは静かだった。社長室へ呼ばれた。上司がいた。

「Hくん、3×××万円、入金してるぞ。いったいどうやって工面したんだい」
何と言われているのか聞き取れなかった。聞いたのだが理解できなかった。入金一覧表を鼻先に突きつけられ、否応なく目にした文字は『入金先 H 3×××万円』であった。
一瞬、神様にしかできない、と思った。そう思いつつも反射的にどうして、だれがとの思いが走った。

S氏だ!その思いは確信に近かった。きっとS氏だ。早く家の権利書を返してもらいなさいと言った静かな声が思い出された。でも、なぜ、S氏が、なんの前触れもなく私の名前で振り込んできたのだろう。貸してくださるのか、でも、私が無一物であることはご存知のはずだ。一生かかっても返済できない。では、なぜだ、どうしてだ。
私はまたパニック状態になった。白い雲が渦を巻き、猛烈なスピードで駆けめぐっていた。何かを考えようとしても、それらがぶつかり合い、粉々に砕けて舞い上がっていくのであった。立っていることがやっとだった。

2025年09月09日