ふたごちゃん        投稿者 色えんぴつ

いつもの礼拝は高齢者がほとんど。
先日、出席者の平均年齢を下げた礼拝があった。何しろ二人の1歳児が出席したのだ。
もちろんそれぞれ両親に抱っこされて、若いパパとママは左手に赤ちゃんを、右手に聖書や讃美歌を持っていた。ご無理のない方は讃美歌の時お立ちくださいとの司式者の言葉に、そばに座っていたおじいさまが何かと世話をしていた。

肝心のふたごちゃんは全くぐずったり騒いだりせず、初めての教会デビューを難なく終えることができた。
その昔、ふたごちゃんのおばあさまがまだ赤ちゃんだったころ、礼拝時は何時も両親の間に座ってきちんとしていた様子は今だに語り伝えられている。しゃべらない、動かない幼子は会員の間で評判で、どうしたらあのように育つのだろうかと話題になったものである。

やがてその少女が大人になり、二人の子供の母になった。クリスチャン三代目の子どもたちは生まれた時から教会で育った。しっかり者のお姉さんとそばで走り回っている男の子。
時は流れ、その男の子がふたごちゃんのパパになった。東京育ちのパパは仙台で結婚し、家庭を持ち、久しぶりに会ったやんちゃな男の子は今や立派なパパになっていたのだ。

若いパパはけして教会生活を熱心にしていたわけではない。
若いころは祖父母や両親に連れられて何となく教会に来ていた。それが人生の節目、親になったことを通して仙台から出てきて礼拝に預かった。ふたごちゃんは長い祈りの後でやっと与えられた子どもたちだったそうだ。そのうえ、小さかったので長い間病院でたくさんの管に囲まれていたという。

マーちゃんは唯一出来るお手ふりを何度も繰り返していた。ミーちゃんはしっかりとママにしがみついてだれにもだっこさせなかった。それぞれの個性はこれからが楽しみである。
教会は初めてという若いママも終始にこやかで、昔からの知り合いに思えた。

このパパには一つ付け加えたいことがある。
彼の父方の両親はキリスト教とは全くご縁がなかった。それが息子の結婚相手の一家が熱心なクリスチャンホームだったので、自然孫たちが母親と教会に行くようになった。

祖母が重い病にかかった時、初めて彼女は神様のことやキリスト教のことを近く感じるようになったという。かわいい孫のユー君はあれでもクリスチャンであるという。あんなちゃらんぽらんに見えるユー君がクリスチャンなら、私もクリスチャンにしてもらえるかもしれない。そう思った彼女は死期が迫った中で受洗した。牧師と本人と家族だけの受洗式だった。孫のユー君は一人の人の受洗のきっかけになるという大役を神様から授かったのである。

私たちは神の家族、若い一家が神様に守られて過ごすようにと祈っている。

2025年09月16日