はとバス紀行文「黄色い鳥の一日」 寄稿者 青梅

東京駅を出たのは午前十時十分。はとバスの黄色い車体が朝の光にまぶしく光った。先頭席に座ると、添乗員さんがにこやかに「本日はありがとうございます」と挨拶した。その笑顔が、妙に正面からまっすぐ飛んでくる。隣の妻はうなずきながらも、ずっと視線のやり場に困っていたらしい。旅の最初の試練である。

最初の目的地は浜離宮。広大な庭園に、都会のビルがまるで背景の絵のように立っていた。池の波紋に揺れる柳の影が美しく、一日ここにいても飽きない気がした。しかしツアーは容赦なく進む。自然の静けさを惜しみながら、次の目的地――ホテルでの昼食(和食)へ。炊きたてのご飯、出汁の香り、焼き魚の塩加減。これはもう観光ではなく、幸福の実験だった。

迎賓館では、立派すぎて逆に印象が薄れた。人は「豪華」よりも「心地よい秩序」に惹かれるのだと悟る。明治神宮の銀杏並木は、すでに葉を落としていたが、落ち葉の上を歩く音がかさかさと懐かしかった。添乗員さんが「黄金のじゅうたんですよ」と言う。たしかに、少し遅めの秋の夢を歩いているようだった。

そして旅の終盤、革靴のかかとがじわりと自己主張を始めた。歩く旅だと知っていたはずなのに、なぜスニーカーを選ばなかったのか――答えの出ない問いに苦笑していると、妻が「次はスニーカーね」と笑ってくれた。小さな後悔も、共有すると妙に温かい。

夕刻の東京駅に戻り、ひと息つけるグリーン車に乗り込む。都会の光が少しずつ遠ざかる。振り返れば、今日の旅はおおむね順調で、少し愉快で、そしてささやかに幸福だった。はとバスは、黄色い鳥のように、人の一日をそっと明るくしてくれる乗り物なのかもしれない。

――はとバスは明日も、どこかで小さな幸福を運んでいるのだろう。

2025年12月08日