(小自分史)幼年時代 あの日   投稿者 ブルースカイ

幼児期から小学校低学年まで過ごした家は、父にとって大切な母親であり、私の祖母でもあったその人のために、父の思いをこめて建てられた家だった。それは、閑静な山の手の住宅地にあった。今はもう、忘れられた芸能人の邸宅も近隣にあったことを覚えている。

私は緑の木立の多かった庭のある家で、ごく平凡におっとりと育った。ほんとうに平穏に、祖母に、父母に、父の妹であった叔母にそうして、たった一人の兄に愛されつくして育っていた。
私の家から少し離れた一角にその頃には、洋館と言われた建築様式の家があった。どのようなきっかけがあったのか、全く記憶にないが、その一軒に住んでいたひろ子ちゃんという名の、私と同い年くらいの女の子と仲良しになった。その頃、ひろ子ちゃんは幼稚園に通っていた。私は度々ひろ子ちゃんの家に招かれては、当時は珍しかったクッキーやおいしいお茶のご馳走になった。ひろ子ちゃんから聞く幼稚園での話や、ひろ子ちゃんのお母さんの落ち着いた声で読んで聞かせてくれる、絵本や物語が好きで、誘われるままに
(といっても、短い期間のお付き合いだったので、三回ほどであったが)お宅にうかがった。

 ある日、私は母から改まった声で呼ばれた。母からの話は「ひろ子ちゃんのお母さんから、今日は二人で来てくださいとのお申し出があった。これからお母さんと一緒にひろ子ちゃんのお宅に行く」というような内容であった。私は黒のワンピースを着せられ、母の用意した小さな花束を持って、母と出かけた。
 ひろ子ちゃんの家の玄関に入った途端に、私は目を見張った。まばゆいほどにどこもが明るかった。多くの人が居て、誰もが私を待ってくれていたかのようだった。「さあ、さあ」と、ひろ子ちゃんのお母さんの優しい笑顔に誘われて、私はいつもより広い部屋の正面に進んだ。

 ひろ子ちゃんは輝いていた。ニコッと笑って寝ていた。母に促されて花束を置いた。突然、どこからか不思議な深くて温かくて胸に響く音楽が聞こえてきた。私は母の膝の上で、ひろ子ちゃんはどうして起きてこないのだろう?とボンヤリ思っていた。
 記憶は、ここまでで途切れている。その後のことは何も思い出せない。ひろ子ちゃんのことも悉くといっていいほど忘れていた。
 長い年月の間、名前すら思い出さずにいた私が、突然思い出すことができたのは、この自伝を書く恵みを与えられたからに他ならない。
 神さまは、四歳か五歳かも定かでないあの日に、既に幼い友の死を通して、私を捉えていて下さったのだ。

2025年07月27日