イエス・キリストの営業マン その8 (終り)  投稿者 希望の風(掲載日2006年9月)

私は挫折前のH氏を知らない。現在の氏とどれほど違うのか知らない。今のH氏を拝見する限り、かつて教会生活をないがしろにして、売り上げを伸ばすことだけに熱中していた企業戦士姿は浮かんでこない。今の彼は潮流に乗った大魚のように主の働きに一路驀進している。

さて、H氏の魂を覚醒させたS氏に触れます。
S氏は、このことは、10年間は絶対に伏せておくようにと厳命したという。また、少しでも返済しようとしたが、がんとして受け取らず、主のために使いなさいと諭された。ついにH氏は、このご恩に報いるためには、イエス・キリストの働き人になる他はないと悟った。

ところで、初めて私がH氏にお会いし、彼の人生史とS氏のお話を伺っているとき、閃光のようにひらめくものがあった。私はS氏を知っている!もしかして、もしかして、あの方ではないかと直感した。確信に近かった。しかし、激しく胸をときめかしつつも、うかつなことを言っていけないと、じっと黙していた。

S氏とは親しくはないが、私の最も尊敬する方であった。なんという不思議なお導きであろう。だからこそ、H氏の話を聞いたとき、私の方から頼み込んでもさせてもらいたいと思ったのである。一生に一度も出会えないようなキリストの愛の実践者を身近に知っているとはなんという光栄であろう。私は神様のお書きになるドラマのおもしろさに魅了され続けて、出版のお手伝いをさせていただいた。世にも貴重な体験をさせていただいた。

私の周辺の方々は文中のS氏が、近くにいるあのS氏だとは思ってもいない。私は自分の唇を押さえるのにたいへん苦労した。
今はH氏ともS氏とも親しくさせていただいている。私はS氏にかなりぶしつけな質問をした。どうしてあんなに高額なものを援助したのか、なぜ10年間は黙させたのかと。氏は穏やかな口ぶりで明快な答えをされた。しかし、今回は触れないでおきたい。いつかS氏について証しする機会があったらその時にしたいとおもう。

ヨハネの手紙第1・3章16節
『キリストは、私たちのために、ご自分のいのいをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから、私たちは兄弟のために、いのちを捨てるべきです』

2025年09月14日