幸子叔母さんは、父の一番下の妹だった。兄弟姉妹合わせて七人の末の叔母と父とは、親子と言ってもおかしくない年齢の開きがあったと思う。叔母は私から見ても、兄である私の父を心から尊敬し、大切に思っていた。そうして、敬愛する兄の娘の私のことを限りなく愛し育んでくれたのだ。
「スミ子ちゃん!」と呼ぶ叔母の声は今も私の耳に残り、時には現実に呼ばれたように聞こえてくる。その呼び声は、いつも温かくきれいで、やや高めでありながら、膨らみと抑揚があった。あの声であのイントネーションで私は一体何回、否何万回呼んでもらったことだろう。
娘だった叔母が結婚する間近のある日、私は叔母の傍らで遊んでいた。叔母が使っていた部屋は、一階の四畳半くらいの小さな、けれど明るい日射しを思い出させるスペースがあった。箪笥の中から細々した品を、取り出しては纏めているようであった。私はその折に何か良いものを貰っていたのかもしれないが、残念ながらよく覚えていない。
やがて、叔母は柔らかな声で、静かに鼻歌のように歌い始めた。私は遊びの手を止めて、その歌に聞き入り、小さな声で合わせた。
うららに照る日影に 百千の花ほおえむ
人知らぬ里に生うる 四葉のクローバ
三つの葉は希望 信仰 愛情のしるし
残る一葉は幸 求めよ 疾くその葉
希望深く信仰かたく 愛情厚くあれ
やがて汝も 摘みて取らん 四葉のクローバ
つい先日、日本クリスチャン・ペンクラブ理事長の池田勇人先生から、正確な詩を教えていただいた。作曲者はアメリカのピアニストだったR・E・ロイテルで、明治の終わりに三年間東京音楽学校教授として来日しており、その頃の作と言われているとのことだった。嫁ぐ日近い叔母が、何を思い、どんなことを願って口ずさんだのか、今になって深くしみてくるものがある。幼児期から少女へ歩みだそうとしている姪の私に、伝えるようにして教えてくれた歌だ。生涯忘れまい。
叔母はクリスチャンではなかったが、私が祈る時、いつも喜んで共に祈ってくれた。
私の生まれる前から、私のことを覚え、母のような存在で私を愛しぬいてくれた叔母は、つい先日九十歳で地上を去った。こんなに長い間私を見守ってくれた叔母を与えてくださった神に感謝し、涙をぬぐって叔母のために執り成しの祈りを捧げたい。