夜明け前の空には、まだ深い青が残っています。世界が静まり返るその瞬間に、どこかで鳥の声が響き、少しずつ光が広がっていきます。暗闇の中から朝を呼び起こすようなその光景に、わたしはいつも創世記のこの一節を思い出します。
神は、光を昼と呼び、やみを夜と呼ばれました。神が名づけるとき、そこに秩序と意味が生まれます。混沌としていた世界に区別が与えられ、「第一の日」が始まったのです。人の言葉ではなく、神の言葉によって世界が整えられていく。その静かな力に、深い安心を覚えます。
けれども私たちの心にも、光とやみが共にあるのではないでしょうか。希望に満ちた朝もあれば、沈黙の夜に包まれる日もあります。自分の弱さや過ちに向き合うとき、光を失ったように思えることもあります。けれども神は、その夜をも無駄にはなさらず、朝を備えてくださるのです。
「夕があり、朝があった。」──そのリズムの中に、神の恵みの流れがあります。たとえ今が闇のときであっても、それは新しい始まりの前触れかもしれません。今日もまた、神が与えてくださる光の中を、静かに歩みたいと思います。