話題は先へ先へと進み、行きつくところは終の棲家のことである。昔話に浸らないだけ、私たちはまだ若手の老人と言える。選択し、実行する力があるのだから。もっともっと高齢になったらそれができなくなる。
S子さんは持ち家にご主人と二人暮らしである。ご子息二人にはすでに家庭がある。お一人は海外に、お一人は都内である。つい、2,3年前までS子さんはご主人が退職したら、海外の息子の近くで暮らす予定で、手ごろな家まで買った。そこへ、年に数回は出かける。
ある時はご主人といっしょに、ある時はご主人だけ、あるいはS子さんだけと。現地に友人もでき、私などにはうらやましい計画が進んでいた。
この1,2年少し風向きが変わってきた。できる間は行ったり来たりするが、永住はしないことにしたと。どんなに願っても二人同時にこの世を去ることはできない。どちらかが残るのは必定のことである。そのとき、一人で外国にいられるだろうか。肉親がどんなによくしてくれても、最後の最後は日本で迎え、日本から天国に行きたいと。
こんな事も言っておられた。もしも自分が残ったら、今の家は処分して、教会の近くにマンションの一室でも買って気楽な一人暮らしがしたい。ところが最近は、絶対にいっしょには住まないと決めていた都内の息子家族の存在が気になっている。同居はしないまでも、息子の近くに居を得て、暮らしたい気分がある。自分でも理解できない思いだが、正直の所そんな事を思うようになっている。さて、S子さんの終の棲家はどこになるのだろう。どこを選択するのだろう。
N子さんはまだ独身の息子さんと持ち家に3人で暮らしておられる。お嬢さんはすでにご家庭がある。いままで生活形態の話が出たことはなかった。ところが、お嬢さん家族と暮らす案が出ている。お互いの今のところを整理して、新しく二世帯住宅を設けようかと考えていると。
お二人の口からは、ホームに入るという考えは出なかった。それを真剣に考えるにはまだ年代が若いのだろう。自分たちの今の力を子どもたちに与えたい思いのほうが強いのだ。
次回の《菜の花の集い》ではにはどんな話題に花が咲くだろうか。今の課題にどこまで挑戦し、達成できるだろうか。あくまでも愛の希望の風に吹かれてよい歩みがしたい。
私自身の思いについては後日《心の風から》にでも書きます。