台風一過の晴れ渡った空の下で、2学期開始の朝礼が済むと、2列に整列したまま校庭にしゃがみ込んで、担任の先生からお話があった。教室には入らなかったと記憶する。
先生は新入生として私を紹介してくださった。そのあとで、昨日の台風でお家に被害のあった人はいませんかと言われた。ああ、私のうちもそうだ、と思ったが、恥ずかしい気持が先に立ってためらっていた。でも、家はほんとうに倒れてしまったんだから、と考え直して、「はい」と返事して手を挙げた。みんないっせいに私を見た。「新しい子だよ」とあちこちで声が聞こえた。それが、上京して半月目、転校して初日の出来事であった。
その後しばらくして、台風で被害を受けた生徒たちに、ノートや鉛筆などの学用品が支給された。ずいぶんうれしかったのだろう、そのことをよく覚えている。
家を修理して、再び住めるようになるまで、どこに、どれくらいいたのか、はっきりした記憶はない。
今日、母に訊いてみた。母は、あの時水が出てきて胸まで浸かっんだよ、近くの中川の堤防が切れてねと言ったが、その後のことは覚えていないようだ。あの危機をどこで過ごしたのだろう。記憶とは妙なものだと思う。そのころが、父母がいちばん苦労したときではなかったか。
台風について言えば、その後何度か襲来した。零メートル地帯と言われる地域だけに、その度に、家中の畳を外して床の上に櫓を組んで積み上げた。畳は一度水に浸かると使えなくなるとのことで、ずいぶん神経を使った。
その後、あれほどの大きな被害に遭うことはなく、どんなに大雨になっても浸水することはなくなった。しかし私はあの時以来、少し強い風が吹くと、恐ろしくて恐ろしくてどうにもならなかった。家が倒れる心配はないと分かっていても、何も手に付かず、じっと風のうなり声に耳を澄ましていた。
風嫌いの私が、中年を過ぎたある日、やわらかな春風に出会ってから、風大好きに変わってしまった。台風の風は論外であるが。
いまはブログにも【希望の風】とつけるほど、風をいとしく思うようになった。いたずらに風を恐れる心の傷はいやされたようである。