「糸を引く手を止めて」― 戸田智弘『糸毬』からのひとしずくの教え 寄稿者 青梅

人生の糸を引けば、時間は一瞬で過ぎ去る。けれど、戻すことはできません。AIが私たちの代わりに考え、書き、選ぶ今だからこそ、「ゆっくり生きることの意味」を見つめ直したいと思います。

人は誰しも、「早く明日になればいい」「つらい時間を飛ばせたら」と願うものです。戸田智弘さんの寓話「糸毬」は、その願いを形にした物語です。少年は人生の糸が巻かれた糸毬を授かり、糸を引けば時間が早く進むと教えられます。退屈な授業、厳しい仕事、悲しい出来事――彼はそのたびに糸を引き、つらさを飛ばしていきました。しかし、気づけば老いの日。糸はすべて消え、彼は人生を味わうことなく終えてしまったのです。

この寓話を読むと、今の私たちとAIの関係が重なります。AIは文章を整え、答えを示し、時間を節約してくれます。それはまるで糸毬の糸を少しずつ引いているようです。けれども、考える力や悩む時間を失えば、人間らしい成長の糸も短くなってしまうのではないでしょうか。効率の陰に、感情や経験の豊かさが霞んでいく――その危うさを感じます。

糸毬の教えは、AI時代を生きる私たちへの静かな警鐘です。急がず、与えられた時間の中で考え、感じ、祈りながら歩むこと。それが人として生きる確かさなのだと思います。糸を引く手を止め、いまこの瞬間に心を置いて生きること。その中にこそ、人生の美しさが宿るのではないでしょうか。

2025年10月16日