落ち葉    寄稿者 浮浪雲

朝、散歩の途中で、足もとに落ち葉が積もっていた。
少し湿って、重たく、踏むたびにやわらかな音がする。その音を聞きながら、ふと、わたしは自分の心が同じように寂しさの中いることに気づいた。何かを失い、何かをあきらめ、けれどもまだ形だけは立っている――そんな晩秋の木のような気分だった。

それでも、落ち葉は不思議だ。あんなに静かに散るのに、どこか誇らしげで、潔い。木に見捨てられたわけではない。むしろ、木は信じているのだ。葉が土に還ることを。そして、その土がいつか新しい芽を育てることを。
人間の関係だって、同じなのかもしれない。別れや沈黙や喪失が、思いがけず次の季節のための「養分」になっていることがある。そう思うと、少しだけ息がしやすくなる。

けれども、人間は、土に還るのを怖がる。
価値を失うこと、忘れられることを何より恐れる。わたしもそうだ。
誰かに覚えていてほしい。何かの役に立ちたい。そんな小さな願いを手放せずにいる。けれども、落ち葉を見ていると、少しだけ笑えてくる。あの葉は、もう誰に見られるでもなく、ただ風に吹かれているだけだ。それでも、きっと自分の役目を終えたことを知っているのだと思う。

午後になって陽が傾き、落ち葉の上に薄い金色の光が射した。
その光の中で、ひとひらの葉がゆっくりと舞い降りた。
美しかった。
わたしはその瞬間、心のどこかで赦されたような気がした。
散ることは、終わりではない。
たぶん、始まりなのだと思う。

2025年11月12日