7日目ごとに巡ってくる主の日(日曜日、礼拝の日)は、イエス・キリストを信ずる者にとっては待ち遠しいうれしい日です。何十年と判で押したようにくり返していることですが、6日間の日常を後に、神の家である教会へ出かけるのは小さな旅のようです。
教会へ行くのが旅ではなく、日曜日の礼拝から6日間の旅に出発するとも言えましょう。教会はたましいのふるさとです。こころの実家です。この家で生まれた者たち(教会員・兄弟姉妹)と会い、語らい、いっしょに座について、父(神さま)の話に耳を傾けるのです。父は無限の愛で迎え、汚れた衣服を脱がせて最上の衣を着せ、祝宴を設けてもてなしてくれます。
今日も慰めと励ましに満ちた父の話(礼拝説教)を聞きました。聖書箇所はヨシュア記5章、エリコ攻略を前にしたイスラエルのニューリーダー・ヨシュアの前に、神さまがあらわれ、あなたの立っているところは聖なる場所だから、《あなたの足のはきものを抜げ》と命じ、戦いの総大将を買って出るくだりです。厳粛で身震いするようなシーンです。そして神自らが旗を振る戦いは勝利間違いないのです。
エリコは堅固な城壁に囲まれ、難攻不落の町として名をとどろかていました。そこへ戦いを挑まねばならない若きヨシュアは、勇敢な戦士であっても、胸中には幾ばくかの不安と恐れがあったにちがいありません。
神を信じつつも、勝利を確信しつつも、心の隙間から忍びよる疑いや不安に揺さぶられるのが人というものではないでしょうか。今いるところが、今立っているところが受け入れがたく、時に逃げ出したい思いに駆られます。
神さまはそここそがともにおられる聖なる場所であるとささやかれます。苦しみ多き場所であればあるほど、はきものを脱いで私に任せなさいと言われるのです。なんと慰めに満ちたおことばでしょう。
このお方にお任せして、自己主張をやめて、自己を放棄して、勝利の主のおそばにいればいいのです。そうしたいと願います。そうしようと決心します。今いるところを主います聖なるところとしてはきものを脱ぎますから、あなたの勝利で輝かせてください。あなたの栄光があらわれ、聖名が崇められるところとしてください。
『あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです』ヨハネ16章33節