イエス・キリストの営業マン その3   投稿者 希望の風(掲載日2006年9月)

これからしばらくは、H氏出版の一冊から引用します。文中の私とはH氏です。

「お前の顔は見たくない」 開口のひと言に私は肝をつぶした。「……」返事ができなかった。腰が抜けるほど驚いた。少なくとも上司はこう言うにちがいないと信じ切っていた。
ごくろうだった、今日のところはゆっくり休んで英気を養ってくれ。さらにこう言うだろうと疑わなかった。これからいっしょに協力しあって不良債権の回収を考えていこうと。
社へ帰るまで、最後まで私を支えたのは、上司との深い関係であり、また仮に債権取り立てに失敗しても、上司が責任を取り、会社が負債を負うだろうとの判断であったのだ。それが、お前の顔は見たくないとは、仮にも上司と名の付く責任者のいうことだろうか。

「申し訳ございませんでした」ようやくそう言うと、私は上司の前に両手をついた。と、
頭上に次の言葉が飛んできた。
「この責任は、どうとるのか」
責任…、責任?私一人にあるのか。上司の豹変ぶりにすっかり動転、狼狽してしまった。まさかこんなことばを聞こうとは、露ほども予想していなかった。私の心は一瞬にして凍ってしまった。
「私が全部責任を取ります」
もう、自分で何を言っているのかわからなかった。思考も判断も自制もできなくなっていた。

とどめを刺すように、上司の第三言が飛んできた。
「どう責任を取るんだ」
これがあの信頼していた上司のことばだろうか。会社の代表権を持つ責任者のことばだろうか。が、もう後には引けなかった。私の中の男がゆるさなかった。
「会社を辞めます。私の全財産を持って償います」
言ってしまって、ああ、この世にはもうなんの未練もないと、ひどく空しく寒々とした気持になった。
「では、明朝、辞表と家の権利書を持ってこい」
反射的に「はい」と答え、そう決意した。その重大性など考えるゆとりはなかった。

目の前にいるのはほんとうにあの上司なのか。別人ではないのか。実際、形相と言い、ことば使いといい、見知らぬ人のようであった。別人に思いたかった。ああ、別人であったらゆるせるのに。

私の心は火の池のように泡だった。裏切り者!それが上司か。それでも上司か。死ぬほど働かしておきながら、最後はこの始末か。こんな人を信頼し、命がけで仕えてきた自分が悔やまれてならなかった。

翌日、私は辞表と家の権利書をもって家を出た。上司は機械のような声で権利書を受け取り、懇意の得意先に買ってもらって負債に充当すると言った。経理から、退職金と回収した商品代を差し引いて、私の負債額は3×××万円と計算されてきた。(続く)

気の遠くなるような数字であった。

2025年09月08日