(小自分史(5))五十代から ペンの道へ   投稿者 草枕

長女がシカゴへ渡る三年前、私はある研修ツアーに参加してシカゴ周辺の教会や神学校を訪問する機会があった。初めての海外旅行であった。海外への旅はいまほど日常化していなかった。少なくとも私の周辺では珍しく画期的なことだった。友人知人、家族親戚から選別をいただいたほどだ。

文字や映像で見聞きしてはいたけれど、目で、肌で、異国異文化に出会った感動は大きかった。
シカゴのトリニティー神学校で一日をかけて講義を聴いた。外国の学舎の情景は私の心を強く熱く激しくとらえた。こんなところで勉強できたらなんとしあわせだろうと、高揚した気分の中で思ったとき、一つの光が走ってきた。
 
祈りに導かれた。
主よ、いつか娘たちをここに送ってください。娘といっしょに再びこの場所に立たせてください。
神は私の祈りを覚えておられた。いや、すでに神様のご計画があったのだ。神は、私があわてたり戸惑ったり恐れたりしないように、先んじて現場をみさせ、祈らせてくださったのだ。
 
長女がアメリカの神学校へ行きたいと言い出したとき、ここを名指しで勧め、ルートを指示してくださる方が現れたのには驚いてしまった。私に異論のあろうはずはなく、むしろ喜びであった。こうして留学は実現したのである。
 
この年、もうひとつうれしい出来事があった。
シカゴ旅行から成田に着いた私を娘たちが出迎えてくれた。長女が開口一番 「お母さん、いのちのことば社から手紙が来ているわよ」と言った。
 
ドキッとした。ああ、あのことかな。
第二回『ペンライト賞』に応募していたのだった。
私の処女作『ひとつの使命』は末席に入賞し、『百万人の福音スペシャル号』に掲載されることになった。
未知のあこがれの世界、山のあなたの空遠くから幸いが舞い降りてきたのだ。喜びは大きかった。そこに神様の意志を見た気がしたからだ。私はこれからの働きを祈り求めていたのだ。
 
つい先頃まで私は教会の奉仕こそ一生を費やす使命だと疑わずにきた。神の選ばれた道であると確信していた。それが、キャンセルされてしまった。その時私は闇の中でもだえ苦しみながらも、神様は別の道を考えておられるのではないかとほんの少し思い始めていた。その中で、忽然と、書きたいという意欲が芽生えてきた。それが応募のきっかけであった。受賞は新しい働きへの神様からのゴーサインと考えた。この道を歩いていこうと心が決まった。
開かずの扉がタイミングよく開いて、格好の訓練の場が見つかった。
 
クリスチャン・ペンクラブに入会し、お茶の水聖書学院に入学した。

2025年08月19日