《樹の伝記》長田弘詩集『人はかつて樹だった』より 投稿者 希望の風(掲載日2006年11月)

秋は樹が急速に姿代わりをする。夏の頃はなべて緑一色だった。が、鱗雲が空を飾るころになると、ある樹は依然として緑の衣を着込んだままなのに、ある樹は思い思いに華やかな紅や黄色に変身していく。が、美を競い合うのも束の間で、北風が強くなるとはらはらと葉を落し、骨のような細枝もあらわに、身一つで冬に向かおうとする。

樹の詩集を読んでいると、町の街路樹にも今までと違った視線を注いでしまう。詩人にはなれないけれど、親近感が沸き、樹をいとおしむ愛が生まれている。

もう一篇長田氏の名詩を掲げてみます。よかったらご一緒に読みましょう。
《樹の伝記》
この場所で生まれた。この場所で
そだった。この場所でじぶんで
まっすぐに立つことを覚えた。
空が言った。―――わたしは
いつもきみの頭のすぐ上にいる。―――
最初に日光を集めることを覚えた。
次に雨を集めること覚えた。
それから風に聴くことを学んだ。
夜は北斗七星に方角を学び、
闇のなかを走る小動物たちの
微かな足音に耳をすました。
そして年月の数え方を学んだ。
ずっと遠くを見ることを学んだ。
大きくなって、大きくなるとは
大きな影をつくることだと知った。
雲が言った。―――わたしは
いつもきみの心を横切っていく。―――
うつくしさがすべてではなかった。
むなしさを知り、いとおしむことを
覚え、老いてゆくことを学んだ。
 
老いるとは受け入れることである。
あたたかなものはあたたかいと言え。
空は青いと言え。


うん、うんと、すなおにうなずいて、詩人の心に添って読み進む。はたと、目が止まる。
《大きくなるとは大きな影を作ることだと知った》大きな影って何を意味するのだろう。
最後の3行にはちょっと戸惑う。《あたたかなものはあたたかいと言え》、《空は青いと言え》投げ出された言葉に戸惑う。老いるとは、あたたかいものはあたたかいと、空は青いと言えないことなのか。そうかもしれない。思い当たる節がある。
若い日は、何でも覚え、学んで、おかげで大きく成長できた。でも、老いるとは、かつては当たり前であった、あたたかいものはあたたかい、空は青いことすら、受け入れられなくなり、言えなくなることなのだ。

詩人は人に説教しているのではないだろう。自分自身に説教しているのだ。自分の老いが理想と反しているのを発見し、自分で自分に檄を飛ばしているのだ。
私は老いた自分になんと言い聞かそう。

2025年11月13日