ある街に一人の子どもが生まれた。親は大喜びで、さっそく名前を付けることとなった。
人生の一大事、生涯背負っていく名前だから慎重につけたい。若い両親はAIに相談して決めた。その名前はなかなか良かった。
子供は大きくなり、進路を選ぶ時が来た。これはなかなか難しかった。そこで子供はAIに相談した。AIは丁寧に答えてくれた。必ずしも好きな分野ではなかったが、これが正しく無駄のない進路だと子供も親も納得した。
やがて結婚するころになった。彼は自分では決められなかった。AIに相談したところ、何人か候補者を提案された。最後の選択は自分ですべきかと思ったが、決断することが怖くてAIに決めてもらった。職業生活も家庭生活も順調だったが、それは自ら選ばなくても人生がスムーズにいたかのように見えたからであった。肌身離さず機械を持ち歩いた。
時々どうしたらよいか迷ったとき、AIは丁寧に相手してくれた。1回30分のカウンセラーよりもずっと親切に相手になってくれた。
今やAIは私たちの生活に欠かせないものらしい。便利な生活にAIは欠かせない。夏休みの子どもの宿題の読書感想文や就職の願書も書いてくれるそうだ。文章を書くことを生業としている人はどう思っているだろう。
神様は人間に自由を与えた。選択は自由とセットである。選択は責任である。
エデンの園で食べてはいけないとされていた果実を食べたのは二人の選択だった。旧約聖書には神が人に与えた道をどう選択したかの話がたくさん出てくる。
最後は自分が選択する。あとで振り返るとそれが神が与えた道であると気づかされる。人は神様によって生きていると信じることが私たちには許されている。
AIが神によって与えられたものだと感謝する時が来るまで、人はたくさんの選択をしなければならないだろう。
暖かな居間で彼は家族とくつろいでいた。
「お父さん、本読んで」息子にせがまれた。何を読んであげようか。いつものようにAIに相談しようと機械に手を伸ばしたその時、「お父さんが好きな本がいいな」と息子の声がした。えっ自分が選ぶの、彼はまじまじと息子の顔を見た。何か新しい思いが胸にあふれてきた。