ペテロの手紙1,2 人は変われるのか その2   投稿者 希望の風(掲載日2006年8月)

4つの福音書のペテロと、この手紙を書いたペテロとの間にもうひとつ、ペテロがたびたび登場する文書がある。『使徒の働き』である。ここではイエスの弟子たちとパウロが活躍する。前半の部分、パウロの名が見えてくるまでは、ペテロが主人公である。

使徒の働き2章にはペテロの一大説教が記されている。危険極まる都エルサレムのど真ん中で、ペテロはイエス・キリストこそ待望のメシヤであると力説し、そのメシヤを殺したのは他でもないあなたたちユダヤ人だと糾弾する。そのペテロには一ヶ月前にイエスを裏切り、逃げ隠れした姿は微塵も見られない。死をも恐れない信仰の人、炎の人、偉大なペテロが燦然と屹立している。

立ち上がって説教を始めたペテロはその直前にあることを経験した。イエス・キリストの心ともいうべき聖霊が、弟子たち一人一人の上に降ったのである。彼らは祈っているときに一様に激しく魂を揺すり動かされ、その結果、不安や臆病心は雲散霧消し、新しく、平安と喜びと勇気に燃やされたのである。イエス・キリストへの愛が前進を貫いた。その霊の勢いと愛がペテロを初め弟子たちを別人にした。
ここに、人が変われる鍵があると私は信じている。イエス・キリストを信じ、イエス・キリストの愛を知り、自らも愛し、ひたすらに彼の道を歩んでいるそのプロセスで、人は様変わりしていく。時に劇的に神(聖霊)にタッチされ、変身(心)することもあるときく。

理由がある。神は私たちを造られた制作者だから、作品を修正したり補修できるのである。作品自身が自分を直すことなどできないではないか。

ペテロは偉大なリーダーになった。力ある説教をし、人々を指導し、教会を組織運営し、何よりも命がけでイエス・キリストを愛し、殉教した。十字架刑は、自ら申し出て逆さにはりつけられたという。キリスト教2000年の歴史で、偉人中の偉人になった。

神の愛と力がこれほどまでに具体的な働きをするのかと驚嘆する。その力、聖霊は今も変わりなく働いている。聖霊は希望の風そのものである。希望の風に吹かれたい。(続く)

2025年08月04日