創世記1章1節には、こう記されています。
「初めに、神は天地を創造された。」
なんと、簡明でストレートなことばではありませんか。この短い一文には、壮大な真理が込められており、聞く者は「信じるか信じないか」の選択しか残されていないように思います。
同志社大学の創立者・新島襄も、この御言葉に大きな衝撃を受けた一人でした。彼は20歳のとき、漢訳聖書で「元始に神天地を創造りたまえり」という表現に出会い、驚きと感動のあまり、信仰へと導かれたそうです。
わたし自身も、この聖句に出会ったのは30代の頃でした。しかし、そのときは心に留まることなく、あっさりとスルーしてしまいました。せっかく、真の創造主を知るチャンスが与えられていたにもかかわらず、その意味に気づくことはありませんでした。
けれど、神さまは憐れみ深いお方です。そこから十数年の時を経て、私が46歳のとき、ようやく信仰へと導いてくださいました。
神さまとの出会いや信仰への導きには、人それぞれの「神の時」があるのだと思います。
しかし、導かれた者にとって「初めに、神は天地を創造された。」というこの聖句には、もはや理屈も弁解も必要ありません。ただ「アーメン」と応答する、それだけで十分でした。