朗報、友の退院 投稿者 希望の風(掲載日2006年10月)

O聖書学院の祈祷会の日です。雨も風も強くて外出の足が億劫がっていましたが、意志力が勝って、出かけていきました。急に冬のようです。油断して風邪をひいたら困りますので、首にウールのショールを巻き付けました。見ればコート姿もあって、いよいよ冬が来るんだなあと実感しました。

祈祷会は授業開始前のわずか30分足らずですが、しばらく前から私がとても大切にしている祈り場です。出席者は学院のスタッフとその日の授業のある教師や学院生たちです。といってもわずかな人数です。特別に奏楽者も司会者もいませんから、その日の出席者の中から司会者が立ち、進行かがりをします。
無伴奏で一曲讃美をします。讃美とは実に不思議なもので、歌い出すとすぐに歌詞の中に我身が溶けこんでしまいます。すると、萎れかかった花が水を吸い上げて生気を取り戻すように、自分の内なる生命力、魂とも言っていいでしょう、が活性化されます。水は単なる水でなく、清い水、喜びの水です。イエスを愛する水です。讃美の間に魂が整えられて、神に近づいていくのを感じます。ほこりや汚れが剥がれて、神が与えてくださったいのちが光ってくるのを覚えます。(これは私が清いとか正しいとかではありません、私のうちにある神のいのちが輝きだすことです。クリスチャンならだれしも理解できることでしょう)
今日の祈祷会は、学院のために祈ると言うよりは、私の魂のクリーニングとなりました。

毎月、聖書の一節と祈りの課題を記したシートが作られますので、順番に受け持って祈っていきます。
今月の聖句は、イエス・キリストがゲッセマネの園で祈っていたとき、近くで居眠りをしてしまった弟子たちに言われたものです。

『あなたがたは、そんなに、一時間でも、私といっしょに目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです』

朗報がありました。この春以来、重症の病にあったS兄が退院したとのことです。卒業以後も学院のため多大な奉仕を続けてくださっており、まだまだ重責にありました。どんなに心配したことでしょう。みんなでどんなに祈ってきたことでしょう。病の重さを聞かされるにつけ、深刻な思いになっていました。

退院して、しばらく外出は無理だけど、本人は11月から復帰すると言っているそうです。私はハッと胸を突かれました。兄の並々ならぬ信仰力と意志の力を肌に感じました。兄の迫力の前に、最近ぼけぼけとして冴えない自分が丸見えに見えてきて、恥じるとともに、胸元になにかが体当たりしたような衝撃を受けました。きっと丸くなっていた背中が伸びたと思います。希望の風だったのです。久々に希望の風に会ったのです。希望の風が近づいて触れてくれたのです。神様、感謝します。Sさん、ありがとう。


2025年10月27日