(小自分史(1))幼年時代 本に目覚めて  投稿者 草枕

自分の姓名(みうらきよこ)を一音づつ頭にして、折り句で自己紹介をしたとき、こんなフレーズで始めた。まず、『み』からは、三つの時から本が好き、『う』からは、海も大好き太平洋…と。

三つの時と断定はできないが、本とのおつきあいはもう少し早くからではなかったか。おかげで偉大なる一冊『聖書』に巡りあえた。
海が好きなのは出会いのチャンスが多かったからだ。海辺の町に住んだことさえある。本州の東端にあたる犬吠崎に間近い漁村が母の里であった。

本と海の思い出は私の記憶層にほぼ同量で堆積している。
読書欲が俄然目覚めたのは小学五年生の時である。若い独身の美しい先生が担任になった。先生は新学期早々に「学級文庫を作りましょう」と言われた。
早速黒板の横の戸棚の上に本立てが置かれ、真新しい三冊が並べられた。黒々とした楷書体の背文字が飛び出すように私の目を射た。
『ああ無情』『宝島』『厳窟王』!

戦後間もない昭和二十六年である。子どもを思う心ある出版社が手がけたのであろう、少年少女世界文学全集であった。先生はいち早くクラスに備えようと考えたのだろう。『人の生くるはパンのみによるにあらず』を優先させたかったにちがいない。親たちは一日のパンに精一杯で、心の糧まで与える余裕はなかったであろうから。

先生の思惑通り、本は私たちの心を鷲づかみにした。もっとも四十八名全員が本に殺到したわけではない。おかげで月一回本立てに並ぶ新刊を、長く待たずに手にすることができた。

しだいに本好きの顔ぶれがはっきりしてきた。貸し出しや管理にどのようなルールがあったか、とんと思い出せないが、閲覧は教室内、休み時間内ではなかったか。
読みたくて、先が知りたくて、休み時間が待ち遠しい。一人読みふけっていたある日、「外でもあそばなくてはいけません」と叱られた。しかたなく本を片手に校庭に出て縄跳びの輪に入った。

自分の番が来るまで、立ったままで本を読んでいた。
「そんなこと、やめてよ」
「外に持ってきちゃいけないんだよ。先生に言うよ」

クラスメートから非難され、先生にもまた注意されて、規則違反だけはかろうじてセーブしたが、私を引きずり込む本の力には勝てなかった。
中学一年の時、本好き四人で読書会を作った。最初に井上靖の『あすなろ物語』を選んだ。次は藤村の『桜の美の熟する時』であった。会はじきに途絶えてしまったが、本は寄せては返す波のように今も絶え間なく私を呼んでいてくれる。

2025年08月15日