私の口座にいきなり負債の全額を振り込んできたS氏は、牧師が出張のためたまたま一夜の宿をお願いした教会の祈祷会に出ておられた。そこで私の事件を知った。S氏も私も同じ教団の人間であったこと、S氏の懇意にしている牧師のご子息が我が娘の夫であることから、私のことは多少とも知っておられたようだ。
しかし、直属の上司でさえ、紙くずのように部下を捨てるときに、人の難儀を知ったからといって、無言で用立てることができるでろうか。それはした金ではないのだ…。
見ようとしても見ることのできない夢を見ているようであった。地獄の底から神の愛に包まれて、光り輝く天国に移されたような気がした。
Sさん、ありがとうございます。あなたは命の恩人です。このご恩、このご愛、一生忘れません。いつかこのご愛にむくいることができるよう祈り励みます。
私はS氏におそるおそる連絡をした。絶対に他言しないように。返済しようとあくせくしないようにと、言葉少なに言われた。
上司は私を呼びつけて「会社としてはこの金を受け取ることにした。ことは解決したのだから。会社を辞めることはない。今まで通り勤務を続けなさい」と言い、辞表と家の権利書を返してよこした。
今さら何を言うのか。命がけで、死ぬ思いで書いたのだ。簡単に出したり引っ込めたりできるものか。こみ上げる怒りをやっと抑えて「一度、決めたことですから、取り下げるつもりはありません」精一杯の反抗を胸に、冷ややかに言いきった。
二度とあなたのような上司を持ちたくない。あなたの下で働きたくない。数字のつじつまさえ合えば解決したと思っていいるのか。心の傷はどうしてくれるのだと叫びたかった。
会社では金を受け取るべきかどうかで幹部会が紛糾したそうだ。反対する人もいたらしいが、受け取ることに決定した。
私は予定通り期日に会社を辞した。あの事件を通して地獄と天国を一度に味わった私の内側に、自分でも驚くほどの変化が起った。あれほど追いかけた数字への情熱、エコノミックアニマルの部分が死んでしまった。営業の世界に少しの未練もなくなった。頼りになるのは神お一人だけだという当たり前の真理が骨身にしみてわかった。
この事件を聞きつけて、ある日、一人の知人が法律に詳しい人を連れてやってきた。「裁判にしなさい。絶対勝てるから。全額耳を揃えて取り返してあげます」彼らは長く説明して返事を求めた。私の心は少なからず動いた。もしかしたら神の助けかもしれない…、戻ってくればS氏にすぐにお返しできる…。
「どうするかね」かたわらの妻に聞いてみた。さすがに即答はできかねた。(続く)