今年は暑い夏と春から言われていたが、その通りだった。
図書館の児童室で絵本を見ていると、一組の親子が来た。まだ1,2歳ぐらい、母親も若い。
このぐらい小さいころから絵本を読んであげるのはいいなあと、はるか昔の母親だった自分は思う。
「何がいいの」と母親。まだ自分では選べないだろうに、子どもの自主性を大事にしているのだろうか。「アンパンマン」 即座に幼児は応えた。一息おくと幼児は広い部屋を歩き回るようになった。アンパンマン、アンパンマンといいながら。
そうだ、この子は「アンパンマン」という言葉を覚えたのがうれしくて、何回も繰り返していたのだ。朝の連続テレビ小説で一躍人気沸騰してきたアンパンマン。この言葉を発すると大人がびっくりしたりほめてくれたりするのだろう。なんともかわいらしいその響きに私はうっとりした。
親子はしばらくすると児童室を後にした。
やっと教会に来られたと95歳のすみ子さんが礼拝に出席した。
「ペンテコステに来たかったの。牧師就任式に来たかったの」
この夏の暑さに、テレビは必要以外の外出はしないでと呼び掛けていた。家族が心配して送り出さなかったのは当然だ。たまたま少し涼しくなった日曜日、バスを乗り継いですみ子さんは会堂に入ってきた。
「私、教会があってよかった。ほんとにうれしい」
礼拝後にみんながすみ子さんのそばに寄ってきた。一人一人と手を取り合って喜んだ。同居の家族は万博旅行で留守、止める人がいなかったからと笑っていた。帰りは同じ方面の人が一緒にバスに乗って送っていった。
今年の夏、二人の親しい方を天に送った。人生はそれぞれ異なるが、共通していることは、若いころ神様に出会って、生涯にわたって教会生活・信仰生活を続けたことだ。
残された家族は悲しみの中にあるが、悲しみだけではない。復活の主に導かれて歩みとおした人生に「感謝」という言葉がふさわしいように思った。