このカテゴリーは、聖書66巻全巻を1巻ごとに大きく見回し、ワンポイントで私見する、聖書エッセイです。【希望の風】発見の旅でもあります。
本書は新約聖書27巻中16番目に位置する。1の手紙と同様愛する弟子テモテに宛てている。しかし単なる続篇ではない。パウロの身辺は厳しかった。パウロはこの時(おそらくAD67年頃)キリスト教迫害で有名なローマの暴君ネロに捕えられ、再び獄舎にいた。そして、もう釈放されることはなかった。そのまま殉教するのである。本書はパウロの最後の手紙であり、いわば遺言と言える。
死の足音を耳元で聞きながら、パウロの思いはテモテへ向かい、教会に走る。パウロは年若いテモテに、教会を牧するための知恵や心構えをもっともっと伝えておきたかったのだ。パウロはおそらく自分の明日を予想し、覚悟していたようだ。
わずか4章の短い書簡であるが、忘れがたいみことばで満ちている。どこをとってもパウロの熱い心情がむき出しに見える。
4章2節
みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
4章5節
あなたは、どのようなばあいにも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。
4章6節~8節
私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。
私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。
最後のことばは胸に迫って厳粛な思いにさせられる。そこにはいたずらな悲壮感はない。微塵の悔いも未練も見えない。『私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました』これこそ最高の証しである。それは『今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです』と、最高の希望へ繋がっている。これをまことの《希望の風》と言わなくてほかになにがあるだろうか。
パウロの証しと希望こそ、キリスト者にとって最高の慰めと励ましである。