ふたたびダビデ王    投稿者 希望の風(掲載日2006年2月13日(月))

このカテゴリーは、聖書66巻全巻を1巻ごとに大きく見回し、ワンポイントで私見する、聖書エッセイです。【希望の風】発見の旅でもあります。
 
歴代誌Ⅰ 28章2節、10節
ダビデ王は立ち上がって、こう言った。「私の兄弟たち、私の民よ。私の言うことを聞きなさい。私は……私たちの神の足台のために、安息の家を建てる志を持っていた。私は建築の用意をした。
わが子ソロモンよ、今、心に留めなさい。主は聖所となる宮を建てさせるため、あなたを選ばれた。勇気を出して実行しなさい。」

旧新約聖書66巻の中の13番目と14番目に編集されているのがこの歴代誌である。ⅠとⅡに分れているが、もともとは一つであったらしい。
またダビデが登場する。ダビデを描く視点と重視するところが違っている。ここでは神の宮、神殿建設を最終目的としたダビデ像をクローズアップしている。

一介の羊飼いから一国の王にまで出世したダビデ、その生涯はまさに波瀾万丈であった。限りなく賢明であったが、限りない悪徳を重ねたときもあった。

ダビデの生涯で終始一貫していたことは、ダビデを選んだ神の選びの確かさである。ダビデが良くても悪くても、ダビデに注がれる神の計画は変わらなかった。そして、ダビデもまた、いつも神のふところに帰っていった。神の前にはおさな子のようなやわらかな心を持っていた。
 ダビデの最大の美点はここにあると思う。

ダビデの遺言は、神のための神殿、今で言えば教会堂であろうか、を建てることであった。王宮でもなく、自分の銅像でも、記念碑でもない。ここまで神第一を徹底できるところに、ダビデのもう一つの偉大さがある。

後継者として神の愛するソロモンを立てた。正統的な世継ぎでもなく、長男でもないソロモンを指名した。神がダビデを選んだように。
神さまの選びはいまも変わらず続いている。神さまの選びほど不思議なものはない。

ヨハネ15章16節
『あなたがたが私を選んだのではありません。わたしがあなた方を選び、任命したのです』
 
これほど名誉なことがあろうか、神さまに選ばれるとは。選ばれるを、愛されると解釈してもいいだろう。神の愛の対象として選ばれたのである。これほどうれしいことがあろうか。いわば神さまからプロポーズである。
ああ、私は主の花嫁です!

2025年02月13日