日本最初の女医 荻野吟子のこと  投稿者 希望の風(掲載日2015年5月29日(金))

荻野吟子の終焉の地が墨田区であったとは、ずっと以前に区の広報の片隅で見たことがあった。女性の偉人には心惹かれるので、いつか調べてみたいと思った、その記憶もあるのに長く怠慢の歳月が続いた。

突然のように友人から『花埋み』を手渡されて、戸惑った。渡辺淳一氏は私の読書エリヤの外の方である。今後も積極的な読者になろうとは露思わない。しかし友人はこれはいわゆる渡辺氏の小説ではなく、史実に沿った女性の人物伝で、たぶんあなたならきっと感銘を受けるだろうからぜひお勧めすると言われた。友人との関係からもにべもなく断るのは失礼と思い、じゃあ、今、のめりこんでいる2冊を読み終えてからねと、念を押して受け取った。

しぶしぶ裏と表を見ているうちに荻野吟子の文字が見えた。あの、もしかして、苦労の末に日本初の女医さんになった、墨田区にゆかりのあの人だ、たしか中年ごろからキリスト教に出会い、クリスチャンになったあの人に違いないと、長い眠りから覚めたような新鮮な思いになった。

ついでながら、のめりこんでいる2冊とは、ネット読書会「カラマの会」の今年の課題本で、バルザックの「従姉ベット」である。バルザックの世界に引きずり込まれて、クタクタになっても離れられない巨匠の天才的筆力の虜になっていた。彼の本は、斜め読み、飛ばし読みをゆるしてくれない。少しづつ読むこともできない。そうこうしているうちに、近年にない目の疲れを覚えた。眼科へ行こうかと思うほどだった。それだけでなく、首も肩もこりこりになり、後ろはおろか左、右へも自由に首が動かせなくなった。醜態と言おうか、老体というべきか、タダ座して、たかが本を読むだけの、いちばんらくなわざでこの始末である。悲しくなった。荻野吟子からスタートしたはずが、途中に愚痴と泣きが入ってしまいました。

さて、『従姉ベット』は上巻で一時停止して『花埋み』に取り掛かった。バルザック氏の一ページは、こちらの10ページほどに匹敵する。もともと日本語であることも読み易さの一因だと思う。地名、人名がカタカナでないのも読書を楽にしてくれるとつくづく思った。かくして、『花埋み』はあっという間に読了した。しかしこの本は私に大きな宿題を残した。荻野吟子女史の史実をできるだけ、自分で調査し、実踏したくなったのである。吟子女史がクリスチャンになる辺りからの後半生は、同じ信仰者として、また同じ女性としての立場から考えてみたくなった。

昨年と一昨年は、やはり墨田区に係わりの深い「幸田文」に魅せられて、図書館にある全集24巻を読破した。読書中ずっと幸田文ワールドに浸りきってこのうえなく楽しかった。締めくくりになにか一文ものしたかったが、通り過ぎてしまった。≪し残し感≫は今もある。

さて、荻野吟子女史であるが、終焉の地に最近になって説明版が建てられた事を知った。地図を見るとすぐに行けそうである。そこで、カメラを持って出かけた。小さくてもいい、一度でもいい、行動を起こすべきだと自らを励ましたのである。スカイツリーを目の前にした、隅田川の堀に架かる源森橋の北詰に小さな説明版があった。しばらく佇んで見入った。意外にひっそりとした通りだった。

2025年05月29日