1月に米寿を祝った母は、厳しかった一冬を風邪気味にさえならず乗り越えました。しかし最近とみに、老いの速度とも言うべきものが、毎日毎日接している私にもありありとわかるのです。活動の質と思考力の範囲が急速に縮小しています。
この半月ほどの間に、浴槽への出入りが困難になりました。初めて、妹二人が介助しました。これからの大きな課題です。シルバーカーで近くのスーパーへ出かけるのですが、買い物の品数がめっきり少なくなりました。これが老いると言うことかと、その正体を見た気がしました。
とは言え、定期検診ではどこも異常なしです。血液検査も子どもの私が負けてしまうほどりっぱな数値です。母は神さまから質の高い生命力をいただいていると思います。内外に衰えはあっても、芯にあるいのちの力は強いものがあると、はっとするほど感じることがあります。
その母が腰が痛くてたまらない、病院へ行きたいと言い出しました。
ほんの5分足らずの駅前の医院なのですが、母にとっては長い長い道となりました。付き添って歩きながら、これから先、自分の足で何回行き来できるだろうかと、胸に迫るものがありました。
腰痛は一時的なことでしょうと、医師は軽く言って、痛み止めと貼り薬が処方されただけです。夕方には、少し楽になったと言っていましたから、これに関してはまもなく一件落着となるでしょう。しかし、老いのと戦いに停戦はないでしょう。自分自身の戦いもひっさげて参戦しようと気持ちを引き締めました。
地域の短歌会で長年詠んできた母の歌を整理しているところですが、掲げてみます。
みちすじに たんぽぽぴんと 立ち咲きて
我も足腰 のばし歩まん (82歳)
メキシコの 南瓜を食べて チリ産の
鮭焼く朝よ 我日本人 (83歳)