ヨブ記 その1 ヨブがいてよかった    投稿者 希望の風(掲載日2006年3月3日(金))

このカテゴリーは、聖書66巻全巻を1巻ごとに大きく見回し、ワンポイントで私見する、聖書エッセイです。【希望の風】発見の旅でもあります。

ヨブ記1章21節
私は裸で母の胎から出て来た。また、裸でかしこに  帰ろう。
 主は与え、主はとられる。主の御名はほむべきかな。
    
絞りに絞って、聖書には、いてくれてよかったと思える人が2人いる。ひとりはイエス・キリスト(イエス・キリストは神であるから、正確にはヨブと同列には置けないが)。もうひとりは、このヨブである。理由は、2人とも私たちとは桁違いの辛酸を嘗め尽くした人たちだからだ。

イエス・キリストの十字架のお苦しみを思ったら、私の苦しみなんぞものの数ではないとよく思う。そしてまた、ヨブの身に降りかかった厄災の過酷さの前には、私など比較のレベルではないと思う。

そうした意味でもこの2人は、どん底を照らす光であり、心身の傷を癒す妙薬であり、絶望との戦いになくてならぬ武器である。また、忍耐と励ましと希望を与えてくれる不思議な最高のカウンセラーなのだ。

冒頭の聖書のことば単独で世界を一人歩きしている。人生訓としても多くの知者、識者の心に住んでいる。(続く)

2025年03月03日