エレミヤは涙の預言者と呼ばれ、それだけで身近な人に思えてくる。が、彼の涙は個人的な問題から来る感傷ではない。外敵バビロンに滅ぼされる祖国と神の都エルサレムに対する哀悼の涙である。また、どんなに叫んでも訴えても神への反逆を止めない同胞への悲憤である。
エレミヤの涙はすなわち神さまの涙でもある。神さまはご自分の心をエレミヤに託した。エレミヤは神の口となって、神の愛と警告を民に語り続けた。神さまはご自分の民イスラエルがみすみす敵の手中に落ちて辛酸をなめるのを見るに忍びなかった。その行く末を思って涙を流しながら預言者たちに意中を伝えたのだ。
神さまの愛は親が子を思う情愛に似ている。非常に生々しい。熱くはげしい。燃えたぎる釜のような愛である。親の手を振り切って放蕩に走る我が子への涙の絶叫のようだ。
特に31章は神さまの切々たる神の愛の絶唱である。聞いて心の震えない人がいるだろうか。こんなに愛されていいのだろうかと、感激の涙が堰を切る。
『永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに誠実を尽くし続けた』