風薫るはずの気高き5月も、この数日は雨と寒さに見舞われて見る影もない。せっかく整理した冬物を取り出す始末である。とは言え、今日でお別れの2008年5月31日に、名残を惜しまずにはいられない。
この1か月を振り返って、一日として途絶えることのなかったイエス・キリストの愛に感謝する。すべてを知っておられ、すべてを見ておられ、すべてをお心に留めてくださっている全知全能の主を思うとき、心の嵐は宥められ、心の汚れはすすがれ、萎れていた心身に希望の風と光りが注がれるのを感じる。こうして1か月の旅路を進めることができた。
いつも皆さまに祈られ、お心にかけていただいている母は、要介護度5の勲章?のおかげで、介護制度の恩恵を十分に受けながら、主の御手の中で静かに静かに生かされている。
今月はまた一つ介護の種類が増えた。週1回、訪問介護士のお世話になることになった。昨日手続きがあって、早速問診やら診察(こうしたことばを使っていいのかわかりませんが)があった。ヘルパーさんではできない医療行為や診断をしてくださり、逐一ホームドクターに連絡してくださることになっている。栄養指導などもあり、献立のヒントもいただいてありがたいことである。
こうした最中にあっても、感謝なことに私はいつもの通りいくつかの奉仕に係わり続けている。母の介護や弱い体力に支障があり、関係者のご迷惑になるようなことがあれば、いつでもストップしようと覚悟をしているが、今のところ支えられている。ブログもなんとか継続できている。明日のことはほんとうに神様しかご存じないのだ。
今日、生きていることは、生かされているのであり、今日、していることは、させたいただいているのだ。今日一日がなんとうれしく貴いことだろう。
雨降りしきる夕方、教会に係わりのあった79歳の男性の葬儀に参列してきた。ここ数年、よく教会に見えていたが、ついにイエス・キリストを信じるに至らず、死去したのであった。当然仏式の葬儀である。しかし、ご遺族の許可をいただいて、牧師夫妻とともの式場に駆けつけ、棺の前で祈りを捧げてきた。ご遺族の上に、イエス・キリストの平安と助けを切に願う。
明日はいよいよ水無月六月に入る。初日1日が主の日、日曜日なのがうれしい。襟を正し、背筋を伸ばして教会に行きましょう。