教会の友人のこと   投稿者 希望の風(掲載日2006年2月9日(木))

毎週木曜日は教会の祈祷会に参加します。夜7時半からです。
牧師の説教が終わると、2人ずつのペアーに分れて祈り合います。
しばらくお互いの昨今などを語りあい、その後で膝つき合わせて祈ります。

今日のパートナーは40半ばの兄弟でした。
3人のお子さんのパパですが、数年前に脳梗塞で倒れ、
右半身に多少の麻痺が残ってしまいました。
働き盛りの企業戦士でしたが、以前の働きを続けることは
不可能になり、絶望のどん底に突き落とされてしまいました。
 
その闇の中で、教会に来るようになり、イエス・キリストの信仰を持って、今では悩みつつ、苦しみつつも、
前向きに生き始めています。

信仰の力が心身によい効果をもたらすのでしょうか、障害も少しずつ改善しているように見受けます。
以前よりずっと顔つきが明るくなり、笑顔が多くなりました。 
お互いに神さまの祝福を祈りあい、日曜日にまた会いましょうねと別れました。

 一つの讃美歌が浮かんできました。

 心くじけて 思い悩み
 などて寂しく 空を仰ぐ
 主イエスこそ わがまことの友

 1羽のすずめに 目を注ぎたもう
 主はわれさえも 支えたもうなり
   
   声高らかに われは歌わん
   1羽のすずめさえ 主は守りたもう

『5羽のすずめは2アサリオンで売っているでしょう。
 そんなすずめの1羽でも 神の御前には
   忘れられてはいません』
           ルカによる福音書12章6節

2025年02月09日