母の日に寄せて          寄稿者 色えんぴつ

昭和三十年から始まった「朝日歌壇」は今も続いている。
当初から今に至るまでたくさんの短歌が朝日新聞で紹介された。
選者は五島美代子氏、宮柊二氏、近藤芳美氏ら、当時としては若かったのだろう。
その中でこの三人がこぞって推薦した一首がある。

 『我をうとみ 押入れにこもる少年を 幼な名に呼びて 涙わき出づ』 (横浜、鈴木)

昭和三十年、西暦1955年、戦後十年のころである。テレビや洗濯機など家電時代が始まろうとしていた。当時の人口はまだ九千万人、テレビが各家庭に入ったのは5万家庭程度だったという。
男の子がいた。小さい頃は親なしでは生きられない存在だったが、思春期になると母親を避けるようになった。母親と口を利きたくなかったのだろう。少年も苦しんでいたにちがいない。視界の中に親が入らないように押入れにこもった。小さいときに呼んでいた「○○ちゃん」とつぶやく母親の目に涙がにじむ。
この短歌を知ったのは私が中年になってからなので、わたしは母親の気持ちで読んでいた。息子の気持ちで読む人もいると思う。一度聞くと忘れられない短歌である。

時は過ぎ、今、この親子はどうなっているだろう。親はもう天国に違いない。そして少年は今の私より年上になっているはずだ。大人になった彼と母親はきっといい関係を持っていたに違いない。その時から70年が過ぎた。

母の日とカーネーションとプレゼントの話は年々にぎやかに報道される。
ある牧師の「母の日説教」が忘れられない。人の世の中では最も美しいとされている母の愛が、聖書の中では厳しく説かれることがある。「母の日は、神様の前に母と子が共に膝まずく日なのです」ある婦人牧師の説教である。

2025年05月11日