マタイの福音書 その2 インマヌエルの神   投稿者 希望の風(掲載日2006年5月10日(水))

新約聖書のトップ、マタイによる福音書は、キリストの12弟子の一人であるマタイという人が書いた。彼は取税人であった。当時、取税人は支配者ローマ政府から委託され、同胞ユダヤ人から容赦なく徴税した。そのため人々からは、取税人や遊女と、一括りにされて蛇蝎の如く嫌われ軽蔑された。陰で私腹を肥やす悪徳取税人も多かった。イエス・キリストはそれを承知で、闇に住むマタイを選んで弟子にした。

福音書のはじめに、イエス・キリストの誕生のいきさつが語られている。マタイはイエスこそ神の子、約束のメシヤであると説く。その証拠を700年前のイザヤ書から引いている。
『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる』(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である)1章23節

マタイは、神の子イエス・キリストが、自分のような罪人のそばに来てくださり、いつもいっしょにいてくださるという事実に驚嘆し、師を慕って生涯をささげたのであろう。

福音書の終りにも、インマヌエルのイエス・キリストを掲げている。
『見よ。わたしは、世の終りまで、いつも、あなたがたとともにいます』28章20節

神が自分に付き添ってくださっている、この事実によってどれほど多くの人が救われたことだろう。物理的に独居の人、心の孤独に苦悩する人、失意に沈む人、インマヌエルの主を我が主、我が神、我が友として受け入れたいものである。

2025年05月10日