コロサイ人への手紙 教会のかしらはキリスト  投稿者 希望の風(掲載日2006年6月19日(月))

パウロがローマの獄中から書いた3番目の手紙が本書である。ただし、パウロはこの教会の建設に直接携わったわけでもなく訪問したこともない。エペソで3年間伝道のした時に信仰に入ったエパフラスが教会の基礎を築いた。またピレモン(4番目の獄中書簡の宛先人)はこの教会の会員だった。
教会を愛するパウロは、コロサイの教会にも自分が直接関わった教会と同じような熱い思いと関心を寄せていたようだ。
あるときこの教会に間違った教えが入り込んできた。エバフラスはアドバイスをもらうためローマのパウロを訪問したが、彼も捕らえられてしまった。そこでパウロは急ぎ手紙をしたためてテキコにもたせたのである。
パウロは異端に惑わされている信者たちにむかって、キリスト教の基本を語った。
キリストが天地の創造者であり支配者であること、なによりもキリストは教会のかしらであることを強調した。

この手紙は、他の手紙もそうであるが、2000年の歳月を一またぎにして、まるで現在に教会に宛てて書かれたように現実的である。どこを切り取っても、そうだ。その通りだとうなずけ、納得し、深く教えられる。聖書は聖霊が書かせたと言われるが、疑う余地はない。パウロの後ろから神が見えない太い筆で書いていることがよくわかる。
この書簡もわずか4章の短篇であるが、それだけにひと言もよけいなところがない。全体を暗誦したえず愛唱したいほどである。敢えて選ぶとすれば下記の聖句だろうか。
1章18節
御子はそのからだである教会のかしらです。

このことばをしっかりと握っていれば、教会と言う船が暴風雨にあって揺れに揺れ、難船しそうになっても、あわてふためいて右往左往することはない。必ず嵐は凪いで、キリストの臨在の栄光を拝することができる。今までもそう信じてきたし、これからもいっそう信じ続けたい。

2025年06月19日