このカテゴリーは、聖書66巻全巻を1巻ごとに大きく見回し、ワンポイントで私見する、聖書エッセイです。【希望の風】発見の旅でもあります。
この2つの手紙は新約聖書27巻中13,14番目にあたる。パウロが第二回伝道旅行で、ピリピの次に滞在した町である。パウロはこの町に3つの安息日に渡り会堂で説教した。その結果信じる人々が起こされ、教会の原型ができた。パウロは迫害されてベレヤに逃れ、さらにアテネへ行き、コリントに移った。
コリントでテモテ(パウロの愛弟子)からテサロニケ教会の様子を聞き、パウロの教えが曲解誤解されているのを知った。そこでこの手紙をしたためた。
パウロはテサロニケではキリストの再臨を強く教えたようである。再臨とはイエス・キリストがもう一度現れる(生身の人間イエスではない。復活した栄光のキリストとしてである)ことである。その時、すでに死んだ聖徒たちはよみがえり、生きている者は変えられて天に移されるのである。
しかし、この教えを誤解して日常生活をおろそかにする人たちがいた。パウロは『落ちついた生活をし、自分の仕事に身を入れ、自分の手で働きなさい』と命じている。また『神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。不品行を避け、自分の体を聖く、また』尊く保ち』『ほんとうのに良いものを堅く守り、悪はどんな悪でも避けなさい』と厳しく戒めている。
再臨は信仰の希望である。愛に満ちた希望の風である。だがこれを希望として喜ぶためには信仰が必要である。その信仰のない人たちは、単なる妄想に過ぎないと嘲うだろう。イエス・キリストの降誕や復活と同じように。
だが、信仰者の最高の望みは天国でイエス・キリストともに永遠に生きることと、再臨のとき生きたまま天に引き上げられることである。
パウロがさらに強調しているように『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい』を努めて実行しながら、主にお会いできる日を待ちたい。
Ⅰ・3章13節
『私たちの主イエスがご自分の聖徒とともに再び来られるとき、私たちの父なる神の御前で、聖く、責められるところのない者としてくださいますように』。