5月第1主日は前線や低気圧の影響で雨模様。さすがに寒さは感じません。植物たちにとっては何よりの成長剤でしょう。
今月の礼拝説教の主題は『祈り』です。教会ではくり返される主題ですが、いつ聞いても大きな刺激を与えられます。
要旨をまとめてみます。
日々聖書を読み、祈ることは一人一人の信仰と教会の成長の源泉である。組織や活動以前に重要であり、神の目は個々人の日々の祈りの生活に親しく向けられている。
人としてのイエス・キリストは、多忙な宣教活動の中で実に巧みに祈りの時を持っていた。その師を見習う弟子たちも祈りは身についていた。イエス・キリスト後、弟子たちはいつもいっしょに集まって祈っていた。そこから始まった初代教会の歴史は祈りの歴史と言える。
祈りはいつでもどこでもできる。特定の時間、特定の場所を選ばない。
ルターは、祈りは魂の呼吸であり、最善の事業であると言った。ルターは祈る人であった。
祈りは希望をいだいてささげるものである。失望するような現状であって、希望をもって祈ることが大切である。
マタイによる福音書18章19~20節
『もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。
ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです』
エレミヤ書29章11節
『わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っている…それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ』
キリスト教のお祈りはいわゆる願をかけることでありません。祈りの対象である神様は、私たちを長所も短所も含めてあるがままに受け入れてくださり、父よ、と呼びかけるとき相好を崩して喜び、耳を傾け心を注いで聞いてくださる、血の通った神様です。精一杯信頼して子どものように寄りかかって、心の内のすべてを打ち明け、今週もイエス・キリストの赦しと愛に満たされて、五月の光の中を進みたいと祈ります。
祈りこそ希望の風です。