今日の礼拝では新約聖書から【マタイによる福音書】が開かれました。 説教題は『敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい』でした。
これはイエス・キリストの山上の説教としてあまりにも有名です。キリスト教の代名詞のように思われています。文語調ですと『汝の敵を愛せよ』ですが、この句だけで世界中を一人歩きしています。しかし、なんと実行困難な教えでしょうか。
旧約聖書ではモーセが『あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい』と教えましたが、イエス・キリストはより積極化しました。
説教では、隣人とはだれだろうと、私たちはすぐ隣人選びをしてしまうが、隣人とは選ぶものではなく、それがどんな人であろうと、目の前にいる人が隣人である。その人を自分自身のように愛することであると、説かれました。
これでも、実行困難です。これを完全に成し遂げたのはイエス・キリストだたひとりです。
『しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対するご自身の愛を明らかにしておられます』
私自身を振り返れば、かつては神を神とも認めず、自分勝手に思うがままに生きてきました。そんな罪人の私のために、イエス・キリストは死んでくださったのです。
難しい教えの前ではキリストの愛がいっそうくっきりと聳えて見えます。キリストの愛がわかったとき、実行の難しい教えでも、進んで励んでいこうと、上昇志向に変えられます。
今週もみことばを熟読玩味しつつ、イエス・キリストともに歩んでいくつもりです。