しゃべくりまわる司馬氏    投稿者 希望の風(掲載日2006年2月23日(木))

司馬氏の20代後半から30代前半の短篇小説集とエッセイ集『司馬遼太郎が考えたことⅠ』(新潮社)を並行して読んでいる。エッセー集に、氏が33歳で【講談社倶楽部賞】を受賞したときの感想があった。興味深く読んだので少し抜粋する。

「私は、奇妙な小説の修行法をとりました。小説を書くのではなく、しゃべくりまわるのです。小説という形態を、私のお腹の中で説話の原型にまで還元してみたかったのです。こんどその説話の一つをめずらしく文学にしてみました。ところが友人一読して「君の話の方が面白えや」、これは痛烈な酷評でした。となると私はまず、私の小説を、私の話にまで近づけるために、うんと努力をしなければなりません。76頁」(昭和32年5月)

興味深いところは「小説を書くのではなく、しゃべくりまわる」というところである。しゃべると言うことは聞き手がいる。聞き手が身を乗り出して聞き入るように、おもしろいといってくれるように工夫がいるだろう。わかりやすくて、話の展開にも起伏があって、クライマックスがあって、納得のできる終わりがある。そうして、説話の原型ができてくるのであろう。

それをあらためて書いていく。小説にする。文学にする。
友人が、君の話の方が面白いと評したことに対して、氏は酷評されたと受け取っている。氏は話したことと書いたことのギャップを問題視し、これからの課題はそこにあるとおもったのであろう。
「私の話に近づけるために、うんと努力しなければなりません」と結んでいまから。そして、氏はうんと努力して次々に名作を生んでいったのだ。

氏の作品が、生きた血と肉を切り取って目の前に突きつけるような、迫力と現実感をもたらすのはそうした小説修業があってのことなのだ。

人に教えられるまでもなく、そうした勉強方法を考え出して技量を身につけていったところに、氏の独自性があり、それが本物の芸術家の姿であり、それを天才と言うことかと、深く納得できた。

感心するのもいいけれど、それで終わりにしないで、ヒントをえて、猿まねでもいいから、取り入れたいと、大いに刺激を受けたことである。

2025年02月23日