小さな旅《菜の花の集い》へ    投稿者 希望の風(掲載日2006年2月17日(金))

東京駅から東海道本線のホームに向かうと、大きな旅に出るような気がしてくる。それも新幹線もないむかしむかしの旅の気分になる。新橋、川崎、横浜と、まったく変わらない駅名が情感をそそる。
 
横浜で下車。その間わずか30分足らず。目指すはみなとみらい駅だが、全行程でも1時間とはかからない。それを旅と言えるかと笑われそうだが、私にとってはれっきとした旅であり、旅気分いっぱいである。

地下鉄みなとみらい線ははじめて。
海に乗り出すように林立するホテルの一室が女性3人の《菜の花の集い》の会場である。現地集合、現地解散のきわめて合理的な集まり方をする。
 
3人とも何十年と手を掛け心を砕く家庭生活や組織に没頭してきた。この辺りで、小さな自由を楽しみ、自立の習慣を極めていかなければと、一致した思いを抱いている。
それぞれに子どもたちは成人あるいは家庭を待って独立しており、子育ての時代は遠くに去った。孫はかわいいが親たちがついている。そうした状況も一致している。

多少違うのは、私はシングルだが彼女たちはれっきとした現役の奥様である。ただし、長年の間にスマートな夫婦関係を構築してきたのであろう、やたらに夫に縛られることはない。
 
 3人ともぞれぞれに打ち込めるものを持っており、その道を歩んでいる。一致していることはイエス・キリストへの信仰と信仰に生きようとする熱いスピリットである。

 
その信仰が私たちの間に友情を生んだ。友情が育ち、友情で結ばれ、それが集いに発展した。たかが女3人のおしゃべり会ではないか言われそうだが、あえて否定しない。

話題は多岐に渡る。家庭のことはもちろん、それぞれに所属している教会のこと、そこでの奉仕のこと、いっしょに入学し、いっしょに卒業した聖書学院とクラスメートたちのこと、これからの生き方のことなど、心を割って話し合い、意見を聞き合い、それらについて、時間をかけて祈り合う。教会が違うと、ともに祈り合うことはこのような時しかできない。  
祈り合えるのがうれしい。祈りはこの集いの重要なプロプラムである。
 
就寝しようと外を見たら、あの大観覧車の大時計の真っ赤な数字が12時33分を刻んでいた。

こうして《菜の花の集い》は年に1回か2回開かれている。
帰途、みなとみらい線にいっしょに乗り込んだが、横浜駅で三方面に散った。
次回の約束はしない。いつかそのうちにまた、と、それぞれの胸には思いがあるだろうが、口にしない。神さまのお導きにおまかせし、またいつか実現するのを信じている。

 イエス・キリストが生み、育てた友情には希望の風が軽やかに吹いている。 

2025年02月17日