ようやく母が夕食の箸をとりました。食べる気になったようです。やれやれです。日中も昨日の苛烈さに比べれば半分です。これもほっ、です。腹痛も治まってきたようです、腰痛は体を動かすたびにまだまだ強いらしく、顔をしかめています。
5歳の孫娘のすばらしく元気な声が響きわたらないので、おやっと思ったら、ぐったりと寝ています。近寄ると火のように熱い、なんと9度5分。いま幼稚園でも発熱の子がでているとか。もらい病でしょうか。ママは教会へ行くのですが、さすが5歳です、後を追うこともなくじっと寝ています。アイスノンを枕に、熱冷まシートをおでこに貼って、我慢しているのです。けなげです。88歳よりずっと強さを感じます。これが生命力というものでしょうか。
しばらくすると、少し楽になったのか起きあがって熱を測り、7度だとわかると、もう明日はなおるよね、教会へ行けるねとパパに聞いていました。わからないよと言われてましたが。
老人は病になるとすぐ死を連想します。子どもは起き出せると信じているのです。対極に位置する母と孫を見て、母には限りない憐れみを、孫には病の中でもいのちを光りを感じます。
生まれてから老いて地上を去るまでの、人生とはなんでしょう。人生の意味はなんでしょう。スイスの著名な精神科医ポール・トゥルニエは著書の中で人生の意味を『神と、その恩恵、その救いを知ること、これが人生の意味です』と大胆に結論しています。
年を取ると捜し物が下手になります。自分の年齢や実の子の顔すら判別できない日がこないとも限りません。今のうちに人生の真の意味をしっかり捜しておかねばと迫られました。明日は、神をさらに知るために教会へ行きます。おそらく行けるでしょう。