久々に教会学校でメッセージ  投稿者 希望の風(掲載日2006年6月18日(日))

教会学校の運営の仕方が変わって、かつての教師たちもメッセージの奉仕に係わるようになりました。子どもの数も減りましたが、教師数も寂しくなっているようです。
私は十年ほど前から成人科を担当するようになり、しばらく子どもの前に立つことはありませんでした。教会学校の時間帯が大人の礼拝と同時進行となったこともあって、時に割り当てがきます。今朝は成人科を済ませてから幼稚科と小学科の合同礼拝でお話をしました。

子どもたちといっしょにリズムのよい子どもさんび歌をうたい始めると、20年、30年前の教会学校にいるような気がしてきました。もっとも、その頃は毎週50名、80名、100名と、子どもたちがきたものです。あの子どもたちはいったいどこへ行ってしまったのでしょう。目の前にいるのは10の指に足らないのです。それも、教会員の師弟ばかり。

それでも、子どもたちの顔を覗けば、昔も今も変わらないいのちに満ちたかわいい子どもばかりです。みんな、顔の大きさに似合わない大きな透き通った目をして、讃美歌をうたい、落ちついてお話を聞いてくれました。心が熱く燃えてくるのを感じました。

テキストは、ペテロが神殿の門の前にうずくまって物乞いをする男を、イエス・キリストの力で立ち上がらせる、有名な奇跡物語の箇所でした。

この次はいつ子どもたちの前に立てるかわかりませんので、どうしても伝いたいことを話そうと準備しました。それは、イエス・キリストに対する不動の信仰です。
主題はイエス・キリストは癒し主である、ですので、病気になったとき、怪我をしたときは一番先にイエス様にお祈りをすること、なおしてくださいとお祈りすることですと、話しました。お母さんの言うとおりお薬を飲むこと、病院にも行かなければなりません。でも、それだけでなくイエスさまがきっと元気にしてくださることを信じてお祈りすることですと伝えました。そして、私の体験をしばらく話しました。

今のような恐ろしい時代では、特に信仰が大切です。一瞬先の事すら予測がつきません。あらゆる危険、災害、病から守ってくださいと、子や孫の名をあげて毎日祈らない日はありませんが、大人の祈りはもちろんのこと、子ども自身も日頃から祈り、とっさの時、祈れるようになって欲しいと願うのです。

神の力を信じない人たちには、嘲笑されるでしょうが、祈りによってどれほど助けられてきたが、危機から免れてきたかを体験しいている者は、この宝の山を教えないわけにはいきません。
信じたときに与えられる心の平安はさらにまさる力です。これは子どもたちには語りませんでしたが、イエス・キリストからくる安心感こそ、評判の新薬をはるかに凌ぐ効果があります。

久しぶりに子どもと過ごして、心身に元気が出てきました。教会に、町に、都会に、地方に、日本中に、世界中に、子どもたちが満ちあふれ、飛び跳ねる日が来ますようにと祈ります。

2025年06月18日